OCM一級建築士事務所
 

2006年8月


  2006年8月31日(木)   諧謔亭Mackenzie
八月ももう終りだ。
朝から冷房をかけないで仕事をしてみる。

              §

アーティスト吉水君や、他の人にもたまに言われる。
「k2-日記は誤解をまねく諧謔的な表現が多い、k-2の言う事は、ホントかウソかわからない……」

ニヤニヤしながら恐縮。

マンガ本のプロジェクト→大島がマンガを描いていると思われている、それは違って、原作を書いただけ。年内には出版か?。

本当にワンタンは腐っていたのか?→本当は腐ってはいなくて、豚臭がきつかっただけのこと、ためしに、同じ物を焼いて吉水に食べさせた。フツーに食べていた。

秩父へアロー号に乗って行っていたプロジェクトはどうなったのだ→契約前にポシャった。原因はかってに風水を考慮してしまったこと……。

マンションを買う、恵比寿を離れるなんてニュアンスがあったがどうなったのだ→やむをえず断念、しばらくは恵比寿にいる……。あまりにも悲しくて、事情は書けない。気になる人は個人的に聞いて下さい。

“連れ合い”の登場回数が多くなってきているが、何かあったのか?→いや、天涯孤独の一人暮らし、チョンガー(ちょっと禁止用語かもしれない)、だと思われているらしいので、ちょっと正そうかと……。

和風、和風って言ってないで、ロックしろ!→はい……と素直に従う。

最近料理の話が多すぎないか?→はい……、将来料理本を出します(ほら、またウソ)

              §

夕方、中4日で肩の調子をみようとvespaで駒沢公園へ。
平日17時すぎだというのに、壁打ちは混み合っている。
(みんな優雅だな……)とつぶやきながら、(オレもか……)と失笑。
数十球投げて、来た道とは違うところをvespaで流し、気持の良い風をあびて帰ってきた。

9月になると、忙しくなる。
土日は打ち合わせ祭り、がんばろう。
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  2006年8月30日(水)   ギター
ストレスとか、そういうものは最近ないが、一日中、根詰めて作業をしていると、5:15くらいには「ムギ〜〜〜!」となる……。

そんなとき、友達が遊びに来てくれると嬉しい。

今晩は、アーティスト吉水浩が来た。

              §

ちっちゃな、雷型のギターを渋谷で買ったらしく、お家へ帰る前にOCMでかきならしていこうという魂胆……。

こちらも、ギターマメをしっかりつくっておいたので、彼のギターに“あてる”。

一緒にバンタンデザイン研究所で教えているが、本当は、こういう、ギターかき鳴らしている現場に、学生を呼びたい。

壇上で、エラソーに、しゃべっているのが、もどかしく感じることがある。
「感じたら、音にしろ、絵にしろ、文章にしろ、図面にしろ!でなければ、踊れ!」

たぶん、学生に言いたい事は、それだけ。
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  2006年8月30日(水)   ギター私
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  2006年8月29日(火)   
終日事務所にて作業。

午後、ちょろっと代官山のShare Spiritに所用。
スクーターが信号で止まると、汗が垂れる。

常に、来し方行く末を考えながらも、設計に没頭する。
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  2006年8月28日(月)   “ガラスの箱”と腐ったワンタン
“ガラスの箱”がモダンであるかどうか、というメグミ嬢の問ひに答へていなかった。

それは、  まちゆくフツーの人が「モダンやな〜〜」という意味においてのみモダンであり、それは、モダニズムではない。

できないことをやる、クラシック=古典との激しい軋轢というモチベーションの中で生まれた“ガラスの箱”は、そう、1920〜30年に“ガラスの箱”があれば、それは、まさにアヴァンギャルド=モダニズム。

誰が今、クラシック=古典と戦っているのか?

それは戦いではなく、史実のコピー&ペースト、それが悪いのではない、僕もやっている、であるからこそ、ポストモダンの渦中でまだ我々はもがいている、いや、ポストモダンというものは、その何と言うか、恒久的な運動であるという認識が必要なのではないか。

                  §

メグミ嬢のいる西洋においては、現前たる古典とともに生活し、設計者は戦う。

ニッポンのクラシック=古典は、フツー人々の心の奥底に、和風という風として存在している。特に江戸においては江戸はもはや存在しない、15年間一生懸命さがしたが……。

僕は「和風」を敬い、そして、ひっぱりだして、戦う。

他に相手はいないだろう。

                 §

昼ゴハン。

ホイホイと冷凍していたワンタンと、漬け物壺からの糠漬け。
……ワンタンは少々臭い(腐い)……大根もちょっと古いものをつけたので、かどうかわからないが、塩ッ辛い……。

この時期、モノが腐る時期、糠ドコが、ギンギン。

安物のミンチは真冬だけにしよう……という教訓を得る……。
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  2006年8月27日(日)   「天地始粛」
天地始メテ粛ス、つまりは暑さが衰えてきた、ということ。

やるべき仕事は多々あるが、休む。
休む時は休もう。

朝から、煎茶の道具を引っぱりだして、自服。
点前は完全に忘れてしまったので、自己流、かつお茶ッ葉が新鮮で無いのであまりおいしくない、が、気分はいい。

昼ゴハン。
先日大量に買い込んだミンチで、肉玉葱トマトソースをつくり、スパゲッティーニにからめて食べる。

歯磨き粉のような味のするAbsenteをちびちびやりながら。

美味。

最近我が家にやってきた糠ドコにて、うまい漬け物を毎日食べているのが、たまにオリーブオイル、香辛料系の食べ物を欲ス。

               §

畳の上で、ゴロリと昼寝をしてから、vespaで千駄ヶ谷へ向かう。
ウメカヨの写真展

なんか一発芸、ネタみたいな感じだったらやだな……と思っていたが、それは杞憂だった。

日常の、その何気ないシャッターチャンス、そこに居る事、シャッターを押す事、それが生きると言う事だ(セラヴィ)、という当り前のことを感じることができた。

              §

その後、もう一つ銘々膳が欲しいと思っていたのでオリエンタルバザーへ行ったがなかった。よさこいなんとかで、表参道が大変なことになっていた……。右翼の宣伝カーのようなものにのって叫んでいる。あまり上品ではないな……もちろん上品な祭りなんて存在しないが……。

表参道の喧噪を抜け、井の頭通りを走り、山本商店へ。

あいかわらず全てが安い。
安物か?いや、大正、昭和初期くらいの民具なのだから、高いはずはない、というコンセプトで値段設定されている。

しかし、それらかわいらしい小物に囲まれた生活を包む器を持たない身ゆえ、ミルだけ。

無事、少々小さいが銘々膳を購入。

その後、旧山手通りのデモデテーブルなどものぞきながら、帰宅、また昼寝……。

                §

「茶箪笥」をいくつも眺めていて思った。
これは江戸後期から明治初期にかけてのモバイル座敷文化なのだな……と。
小さな琵琶床、違い棚、襖……。

一般庶民の「憧れ」が、そこに凝縮されている。

茶箪笥を研究すれば、当時の「和風」という風を感じることができるに違い無い、と確信。
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  2006年8月26日(土)   ハンカチ王子
朝から文章を少々書く。
暑さは、少々ゆるんでいる模様。

午後、駒沢公園へくり出し、「ハンカチ王子」になる。

久しぶりに、投げたので、肩の血、肉、湧き踊る。

野球選手には肩こりがないという。
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  2006年8月25日(金)   もでるな
大久保メグミさんの8/16のブログにて「モダン」について「建築ツウ」への問いかけがあった。

うん、ヘルシンキでも「モダン痛」は同じらしい。
アキ・カウリスマキならきっといい映画に仕上げることのできるテーマだと思う。

「モダン」という単語の持つ意味の幅の広さ。
それを“楽しむ”しかないと思う。

おばちゃんに「や〜〜健ちゃんモダンやなぁ〜〜」と言われたり
これは   「や〜〜健ちゃんハイカラやなぁ〜〜」と同義である。

若いお施主さんが「ここんとこはちょっとモダンに……」

若い学生が「こんなモダンな感じでやりたいんっす」

アカデミズムの権化が「我々は未だモダニズムの中にいる」


最後のはちょっと別にして、100人人間がいれば、その人にとってのモダンは全て内容が違う。しかし概ね「今っぽい」「ナウい」「イケテル」と同義だと思う。

なので、「建築の人間」が、平気で、無批判に、モダン・モダニズムという言葉を使っていると、その人の底の浅さを感じてしまう。

だから僕は「建築の人間」とあまりおつき合いが無い……。

残念なことだ。


大久保さんのように、いちいち、疑問に思ってみることが、建築家にとって重要なことなのだ。
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  2006年8月24日(木)   舌を食べる
蒸すが、少し陽が弱まっているような気がする。

終日事務所ニテ作業。

昼ゴハン。
土鍋で炊いたゴハンに、豚のミンチとミソを炒ったものをかけて食べる。とてもうまい。

小女子とちくわをゴマ油で炒ったも同様にうまい。

               §

夜、佐々木玲君が「タン(舌)一匹分もらったんで、食べませんか」との誘いにのり、上目黒へ。

サキッポは固いのでシチューに、根元は柔らかいので焼いて……

タン尽くし
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  2006年8月23日(水)   僕は大坂万博をみに行った時代の人
終日事務所ニテ作業。

夕方、汐留へ。

松下電工ショールーム、というところに来たことの記憶がない。
基本的にショールームは苦手なので、お施主さんの示唆がなければ行かない。

その後、勤人の連れ合いと落ち合い、岡本太郎の「明日の神話」を鑑みる。

糸井重里とかが絡んでいる騒ぎ自体はもちろんあまりかかわりたくないが、作品の純粋性は、そんなもの、とうに超えることができる。

僕が芸術作品をみて想う事は、「やりたい」、ただそれだけだ。

                §

頭をタローにしたまま新橋「お多幸」で、おでんを食べ、 ハナマサでミンチを大量に買い込み、帰ってくる。
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  2006年8月22日(火)   2500年問題
午後、“台東区”の旅館へ。取材のお願いを兼ね挨拶。

14:00だが、「大島さんはお茶じゃなんだから」と、おいしい冷酒を出され、長く居座ることに。   恐縮

久しぶりに、お話ができたのでうれしかった。

ビジネスが順調なのは当然で、その他、2500年の話とか、ができるクライアント。

僕は、確実にクライアントに恵まれている。

それだけは、絶対に自慢できる。
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  2006年8月21日(月)   大宮へは湘南新宿ライナーで45分
朝から大宮へ。
午前一社、午後一社、工務店と面談させていただく。

都内の工務店では、もう数少なくなってしまった大きな作業場をみせてもらうえるのが、何よりも嬉しい。
(江戸川区の伊藤工務店さんは立派な作業場ありました)

昨年は、5現場かけずりまわったが、今年に入って現場はまだないので、うずうずと現場欲?がうずく。

すごい大黒柱や仕口をみせてもらう。
(やっぱり手刻みはいいなあ……)

                 §

先日は工務店に一社断られてへこんでいたが、今日、2社に図面をみてもらって、先方の瞳の奥底に「やりたい」という意志が感じられたので、嬉しかった(もちろん、皆口には出さない)。

それを、燃料に変え、一気に実施設計をすすめる。
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  2006年8月20日(日)   soukitei
終日事務所で作業。

夕方「雙徽第」へ赴く。

「イスラエル人の女性ダンサーが踊る(舞踏)ので、おこしクダサイ」との指令を受け、かつ取材のお願いを兼ね。

その他、能舞台にて、アコースティックなバンドの演奏や、ハカ(ニュージーランドのwar dance)や、建て主のチェンバロ演奏など……。

「雙徽第」の懐の深さが本領を発揮しはじめている。
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  2006年8月19日(土)   OCMの「M」は、modificationのM
終日事務所。

工務店からの電話を待ったり、取材のお願い・調整などをしながら、ムック本和風特集の構成などをする。

この仕事には、何とも「お願い・調整」という部分の多い事か。
自動的に、もの事は流れていかない。
だから建築家という人間が必要なのだ。

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  2006年8月18日(金)   
いくつかの工務店と連絡をとったり、調整したり、すごく重要な作業。
どれだけいい図面が仕上がっても、工事してくれる人がいなければ建築は実現しない。

本日も、一件「忙しい、相見積は厳しい」という理由で丁重に断られた。
坪80万円の健全な木造住宅なのだが……。

              §

伊香保温泉は、お盆休みのど真ん中にもかかわらず、実は空室だらけだった。巨大な旅館をもてあまし気味な感じ。

もちろん、もう打ち捨てられ廃墟化している建物もいくつもある。

群として、木造建築が、雛壇状に美しく並び、すべての旅館から眺望が得られた時代は終わり、今は「勝ち組」が土地を買収して、巨大化している。

どこへ向かう、伊香保温泉……。
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  2006年8月17日(木)    果報
昨日に引き続き、夕方、バンタンデザイン研究所の講師会。
学生が、ああ夏休み、の状態の中、講師陣は彼らの来し方行く末を議論している。

終了後、デザイナーの鍋田氏と軽く呑む。

              §

事務所に戻ると、コンペの結果が電信されて来る。
勝ちました。「下総中山の家」がスタートします。

施主さんの「選定理由」の初っ端がこんな感じ。

「第一印象で全体の形がとても美しいと感じました」と。

感激。

僕がやりたいことは、「それ」。

              §

温泉好き、お風呂好きなお施主さんの、好返事を待つため、伊香保温泉に行って湯につかりながら、コンペの検証をして、果報を待った意味があった。

そういう生き方をしている。
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  2006年8月16日(水)   舞茸
終日事務所。

昨日スーパーマーケットで、有名なきのこ会社ホクトから舞茸が二山で120円のパックが出ていたので買ってみた。

二山用のパッケージをちゃんとつくって売っているのだから、思いつきではなかろう、という判断。

舞茸ゴハンにして食べたらすごくおいしかった。

しめじ、しいたけ、なめたけ、えのき茸、ブラウンマッシュルーム、何でもキノコは食べるが、ちょっと昔、悪い舞茸を食べて、なんだか“スエイ”味がして嫌いになっていた。
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  2006年8月15日(火)   盆と終戦とが同時期なのは何かの因果か……
終日、事務所で作業。

ラジオから、たぶんKANSASの「DUST IN THE WINDOW」が流れてくる。
なつかしいが、それは今、サラ・ブライトマンが唄っている。

いいカバーが多い。

ROLLING STONESのファーストアルバムは、ほとんどカバーだった、ブライアン・ジョーンズのセンス、スキル、そういうことを思い出すと、若い人たちが、僕らの時代の音楽をカバーしたりコピーしたり剽窃したりしていることを、僕は好ましく思う。

むしろ、そうでない人達の未来は、ちょっとないなあ。
もちろん建築家も同じ。

ビートルズ=ル・コルビュジェ

                §

家が焼かれても、人が死ななければ、良しとしよう。
建築は、甘んじて、それを、受け入れる。

                §

ドイツの首相が、ヒットラーの墓参りをしたらどうなるか?
という想像力も必要ではあるが……。

いろんな人が、戦争について語っている。
語る事は重要だ、普通の人の普通の言葉が、重要だ。

僕は、あの戦争が終わって、たった20年経って生まれた人間だ。
今から20年前は、バブルの前夜だった。
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  2006年8月14日(月)   完璧な一日
心地よい晴れ、洗濯物が2時間くらいで乾く。

朝から自分用の製本作業。

午後、新しい計画案のスケッチ、細かい間取りの前に、いっきにスタディーモデルまでつくりあげる。

コンペまで一ヵ月あるが、早め早めの作業。
このスタディーモデルを「干し」ておく。
天日干しでますます旨味成分が……ってやつか、それとも糠味噌につけるか……。

             §

夜、酔徒O編集長と池袋へ。
赤羽でも大塚でも浅草でも、どこでもよかった。
「いつもと違うところで呑りましょう」という主旨の会合。

なんだか「完璧な一日」だった。
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  2006年8月14日(月)   world map
建築家荒木毅氏の日記にあったので、やってみた。
見事に僕のユーラシア指向が現れた。
ソビエトがでかいので、違和感はあるが、実際端から端まで鉄道ではしったのだからいいだろう。
やはり次は北欧だな……
そんつぎはアルメニアあたりかな……
やっぱりアメリカには一生行かないかもしれない。
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  2006年8月13日(日)   洗う心
木造四階建ての旅館「横手館」に冷房はない。

しかし、あまりの涼しさに驚く。
布団をしっかりかけて寝なければ風邪をひく。

「都会の喧囂(けんごう)を避けて、読書をしたり創作をしたりする為に閑静な土地を撰ぶとすれば、どうしても山の方が好いように思ふ。」
                        谷崎潤一郎

そう、そう思いました谷崎さん。

             §

朝から湯につかり、朝食をたらふく食べ、伊香保を歩いて下る。
牧場へ。
牧場に何があるのか?磯崎新設計のハラミュージアムアーク。

しかし今日の建築ツウ的な目的はイソザキではない、高崎のレーモンドでもない、少林山達磨寺の「洗心亭」、そうブルーノ・タウトが二年と少し身を寄せ、多くの著作をものした居宅。

写真はその「洗心亭」内部、掛軸にはタウトの直筆で「私は日本文化が好きだ(たぶん)」と描いてある。

高崎に戻ると、いつもの灼熱。

レーモンドの「群馬音楽センター」や「井上邸(高崎哲学堂)」をのぞいて、餃子を食べて、湘南新宿ライナーにのって、エビスに帰ってきた。
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  2006年8月12日(土)   伊香保
朝から雑誌の撮影のため「本八幡の家」へ。
編集者さんからのインタビューにもろくに答えられないまま、上野へ。

特急に乗り、上州渋川へ、そしてバスに乗り換え伊香保に遊ぶ。

             §

14:30には温泉場についたので、何をするともなく、石段を上がったり下がったり、横にそれそぞろ歩いたり、湯につかったり、途中で購入した地元ならではの『伊香保みやげ』(伊香保書院)を手に、大正八年頃の文豪たちの伊香保についての印象に耳を傾けたり。

             §

「赤城や軽井沢のやうな高原的風望を好いという人や、反対に古い趣味で塩原のようなアカデミツクの景色---山あり、滝あり、紅葉ありといったやうな景色------を悦ぶような人や、その他特別の意味での情趣をたづねるやうな人には、伊香保はあまり好かれない温泉である。」
                       萩原朔太郎

なるほど……塩原がアカデミツクという表現がいいな……他に漢詩的とも言い換えていた。

他に谷崎潤一郎、や芥川龍之介などを旅の伴侶にしている気分になれる不思議な本である。
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  2006年8月11日(金)   ブレイク
事務所にて作業。
パースを描き、基本設計図書を仕上げる。

OCMは図面のことをあくまでも「図書」だと考えているので、自家製で製本する。

間に合わないかな、と思っていたが17時前に仕上がったので、まだ糊のかわかぬ内に、大きな封筒に入れ、郵便局へ。

              §

夜、ギャラリーSITEの斉藤氏より
「暑いな〜〜ビール飲むか?」との誘いにのる。

久しぶりだったので、いろんな話をする。
SITEで個展をやった写真家の梅佳代さんが、今年ブレイクする、と力づよく語っていたのが印象的。

世の中はそろそろ盆休みだそうだ。
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  2006年8月10日(木)   脳内露地庭
朝から天気がよい。
終日事務所にて作業。

              §
夏の夕べ。

“その”木造4階建ての旅館には、徳富蘇峰の揮毫による扁額があるといい、弟蘆花の「不如帰」の中にもその温泉場が登場するというので、有リン堂に買いに行くとなかったので、ガーデンプレースの八重洲ブックセンターに行くと「岩波文庫はおいておりません」とニッコリ言われた。

少し恵比寿の知的レベルを疑いつつ、三越で牛スジを買って帰り、帰れば昨晩の残り物のオデンがまだあるのに……と思いつつ牛スジ煮込みをつくりはじめてしまう。

オデンを食べなければいけない……という脅迫観念のもと、食パンを2枚食べてしまい、もうお腹一杯。

残り物のオデンと、できつつある牛スジ煮込みの匂いをかぎながら、腹が空くのをおとなしくまっている。
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  2006年8月9日(水)   木造4階建て
午前、雑誌社へのデータを作成したりなんやかんやの庶務。
庶務、総務、事務……であるかもしれないが、雑務は存在しない。

雑務、あるとすれば、靴を買いにいくこと、くらいか……。

午後、設計。
基本設計書の仕上にかかる。

              §

盆休みしない、とは言ったものの、成りゆきで「木造4階建て」の旅館に泊まりに行く事になった。

楽しみだ。かつ、自分の建築の滋養になる。かなり「直截的に」。

和、和風、日本的なるもの、それは、単なる水平線の強調だけではないはずだ。

「東京旅館」では、それを信じて、4階建て都市型和風建築をやった。
その検証に……。もしくは健勝に……。

「そんな小旅行も自分の仕事のためになる仕事」をしていることに喜びを感じる。
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  2006年8月8日(火)   iA 02 発売
11:00より、新宿ozoneでコンペのプレゼンテーション。
玉井さん、松原さんという僕より年上の建築家と対戦。

“よく”戦った。
この場合の「よく」は、良く、好く、善く、佳く、と様々なニュアンスがこめられている。

強いて言えば、「佳く」が雅びやかで“よい”かな。

はじめて御会いした玉井さんに「日記読んでますよ」と言われて、赤面(色が黒いのでしないが)。

               §

エクスナレッジ刊ムック本「iA(アイエー)02号」が出た。
表紙は渡辺慎一の写真。

安藤忠雄の表参道ヒルズに、赤い傘の女の子をいれて撮る。
「iA」が、ただの建築雑誌ではないことを、この表紙で一瞬にして表現すことに成功している。

その写真家渡辺慎一の写真にからめて「首都高について」という文章書いています。

フィンランドの建築家大久保メグミさんも、「フィンランドのコンバージョン建築」というシリーズを開始されました。渋い(いかした)内容です。
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  2006年8月7日(月)   氷河
夏休みに入る前に小学校の先生がこういった。

「死ぬな、怪我すな、ケンカすな」と。

決して「勉強しろ」とは言われなかったな。
そういうことは、よく覚えているなぁ。

よく、ビンタされたなあ。

               §

昨晩、明け方、台所に水を飲みに行くと、冷凍庫の戸が半開きになっていて、霜が大変なことになっていて、戸が閉まらなくなっていた。

“氷河の流出”って感じ。

「ガツンとみかん」というアイスが半分溶けていたので、そのまま食べると、腹がグルグル。

便所と冷蔵庫を行き来しながら、霜とりをして、くたびれて、また眠る。
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  2006年8月6日(日)   1.5
午前、いろいろ打合せの資料と対話。

午後、府中に打ち合わせ。

「おーしまさん、かぜですか?」ときかれ
「いや、お子さんが寝てるから……普段でかい声でしゃべってるんで、小さな声がでなくて、なんというかその、たんがからんで……」

三時間。1.5才のお子さまは、昼寝をしたきり。
「ちょっと、寝過ぎじゃないか……」とお父様。

「う〜〜」っと、お子さまが目覚めた頃、打ち合わせ終了。
有意義。

                 §

今できていること。
「2週間に一度、打ち合わせ」
ならば、一週間目に資料を送付し、建て主さんに、コメントをためておいてもらう。それを、お伺いするのが打合わせ。

ずっと、こうしたいが、忙しくなってくればなかなかできない。
ましてやスタッフがいては、無理だなぁ。

今がチャンス(笑)
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  2006年8月5日(土)    ぺんぎん
午前中仕事。
昼ゴハンにそうめんを食べて、出かける。

“歩くために歩いて買いに行った靴で歩く”ことが主旨。

猛暑の中、若沖ではなく、ペンギンの様子をみに上野動物園へ。

その後、新大久保で中古楽器をみて、小滝橋通りの麺通団でかしわの天ぷらを食べて帰途につく。

                 §

写真のオナガ、若沖っぽい。
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  2006年8月4日(金)   野音
終日事務所にて仕事。

暑くなってくると、歩きたくなる。
夕方、歩くための運動靴を買いに、渋谷、原宿へ歩く。

原宿chapterにてnikeのzoom team editionを購入。

NikeのCFで、the go!teamの音楽が使われている。
なんとなく、teamつながりで好感を持った。

たわいもないこと。

                §

その後、渋谷に戻り、連れ合いと合流して「細雪」へ。
店のおばちゃんに
「これ、おいしんだってよ」と百回くらいいわれながら、麦茶を入れるタッパーみたいなものから日本酒をついでもらう。

                §

店を出ると、マークシティーの下で、“野音”。

誰も聴衆がいないのに、19才の少女がひとり、ギターをかきならしてる。
しばし、腰掛けて、耳を傾ける。

ビル風がなまぬるい。

大きな靴の箱をかかえ、歩いてエビスまで戻る。
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  2006年8月3日(木)   施主との会話
高原の朝は終わり、寝汗をどっぶりかいたので、朝から熱い風呂に入る。

午後、鉛筆でパースを描く。

                §

「鵠沼の家」の施主に、携帯メールを送る。
「花火見えたか?」
「みえた、みえた、嫁はん大喜び」
「えがった、えがった」

施主との会話が好きだ。

「蚊取り線香の匂いが好きなんです」
「昭和初期くらいの料理を意識してます、化学調味料を台所から追い出しました」
「国産のお肉しか食べません、外食の時はしょうがないけど」
「幡ヶ谷の家、あんな感じが好きです」
「妻は、ワールドカップ疎開で実家に戻ってます」
「パリ・コレには興味ないけど、パリで日本のちんどん屋とパリの火を吹くザンパーノみたいな大道芸人を使ってショーをしたい。京都のちんどん屋とは、もうコンタクトとりました。」
「サッカーは法律で禁止せなあきまへん、そのかわり蹴鞠を国技にしまひょ」
「西日で夕方にはみそ汁が腐ります(旧宅のはなし)」
「苔はいいですね、ゼニ苔はいやですけど」
「古生物とかに興味があります」
                
                §

会社や業者でなく、一般の個人からお金をいただく仕事に誇りを持っている。
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  2006年8月2日(水)   カメダ
相変わらず、“高原の朝”で目覚める。
今年は、“盆休み”なきことを、きめる。

                §

デジカメが普及して5年くらい経つが、すっかりさぼっていた。
ちゃんと、三脚をたてて、絞りを開いて、模型写真を撮る。

自分の中にも訪れている「文明退化」。

やっぱり、一生電子レンジは所持せぬようにしよう……と心に誓う。

                §

カメダの試合をみた。
T-bolanの人、ほとんど、2秒くらいしかうつらなかった。

きっと、いろんな意味で「放送禁止」なのだろう。
所詮、世の中から抹殺された人は、この程度の扱い。

場末のライブハウスでしか、ロック魂は得られない、とあらためて感じる。

                §

ちなみに、僕はニッポンロックについて、何も知らない。
二十歳頃(1985)、ロックに飽き飽きして、ジャズ一辺倒の生活を送っていた……。

だから、T-bolanについても、何も、知らない。
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  2006年8月1日(火)   8月
毎朝“高原の朝”のような涼しさ。
高原はきっともっと寒いのだろう。

                §

ラジオから「LOST IN THE SUPERMARKET」が流れてくる。
誰が演っているのか調べるとBEN FOLDSだった。

そこでフッと(あっ、フジロック帰りのバンドを恵比寿で捕まえる時期だ)ということを思い出した。

18:30には仕事を終え、昼間つくったオニギリを頬ばって、19:00にはLIQUID ROOMの聴衆になる。

「FUJI ROCK BRITISH AFTER PARTY」
つまり、フジロックに出たイギリスの若手バンドが、そのまま帰るのものなんだから、TOKYOでもやってきなよ、という主旨のギグ。

MILBURN
MUMM-RA
THE AUTOMATIC

の3バンド。みな平均19才程度。
とにかく、THE AUTOMATICは凄かった……。

                §

河岸にあがったばかりの、イギリス産のピチピチのロックバンドを何の先入観もなしにカラダ中に注入することが好きだ。
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