OCM一級建築士事務所
 

2006年4月


  2006年4月30日(日)   鍾馗様
調査のため上尾へ。
調査後、建築家から「建築ツウ」へとチャンネルを変え、別の調査開始。
ミッションは「鍾馗様を捜せ」。

噂をもとに上尾に一匹、桶川に一匹生息するという屋根の上の鍾馗様を探しあて、睨んでいただく。

上尾周辺をうろうろ、桶川まで旧中山道を歩き、そのまま菖蒲町へ行って菖蒲の葉と菖蒲酒を確保しようと思ったが、桶川で力つきる。

明日来客があるので「菖蒲酒」を振る舞おうと考えたが断念……。

              §

もうすぐ「端午の節供」です。
「端午の節供、菖蒲、鍾馗様……」といった関係がわからない……とおっしゃるかたは是非次回出版される「建築ツウ本」をお読み下さい。

「あら、や、端午の節供だわ、今年もまた息子達に兜や金太郎の置き物、鯉のぼり……何も買ってあげられなかったわ……あたしはダメな親だわ……」

と落ち込んでいる主婦の方に朗報満載の「建築ツウ本」になります。
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  2006年4月29日(土)   蛇君
あるまじめな打合せで
「御自身を動物にたとえると何ですか?」
と問われた。

そんなとき(一体何と答えれば印象が良くなるのだろう、相手はどういった答えを期待しているのだろう……)といったずるい心が一瞬働いたが、口はそれとは別の脳の指令を受けて、思わず

「蛇です」

と答えてしまった。

             §

粛々と、マンガの脚本の修正・推敲などを行う。

めったに昼間テレビをみないが、ふとテレビをつけると、「おでん君」をやっていたので、観いる。

晩、昨日のおでんの残りが気になって、みてみると“おいしい事”になっていたので、バラ寿司をつくって一緒に食す。
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  2006年4月28日(金)   脳の環境
住宅設計コンペのエスキス、ぴたりとハマる。
気持の良いGWを迎えることができる。
手描きのスケッチだと、おおまかで、多少の窮屈さを感じながらプランニングするが、それをcadにおきかえた瞬間、寸法に余裕が生まれてくる。
一通りプランニングを終えたあと、それをブレイクするために敷地を見に行く、という手法。
何段階にも自分の脳の環境をしつらえる必要がある。
              §
晩、二名の来客あり。
バンタンキャリアスクールの卒業生。
かんとだき、豚バラ角煮、煮卵、結び昆布、蒸し小松菜とあぶらげ、こんにゃくのごま油炒めあえ、鶏モモと新じゃがのオリーブオイル蒸し炒め、茶わん蒸し、稲庭うどんなどのフルコースでもてなす。
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  2006年4月27日(木)   かたち
朝9時からVDIに出講なので、6時に起きる。
学校までは事務所から5分だが、人前でしゃべる3時間前には起きて、脳を全開にしておくべし、と勝手に自分にいいきかせているので、早く起きる。

起きて、昨日、即買いした『「かたち」の謎解き物語』宮崎興二著(彰国社)を読む。

めったに本を即買いすることはない。

即買いの理由。
1) 著者が、大学の時に図学を教わった“”マッド・サイエンティスト”つまりちっちゃなバックミンスター・フラーのような先生だったから。いつも多角形のモデルを撫でながらニヤニヤされて、事あるごとに下ネタをはさんで、学生から気持ち悪がられていた愛すべき先生だったから。

2) 本の内容が「日本文化を○△□で読む」という副題で「八角堂と六角堂、五大と五行、五重塔と三重塔、男と女、茅の輪と茅巻……」などなどワタクシめの、いや「建築ツウ」が対象としてる話題とぴたりときているから。

3) 本文中に、つまらない駄洒落が満載してあるから。

です。

今では京都大学名誉教授だそうで、それもすごいと思うが、やはり関西人、えらくなってもわかりやすいコトバで語る、その姿勢に「建築ツウ」のあるべき姿を見い出すことができる。
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  2006年4月25日(火)   マンガ
編集者のススメに従い、戯曲の主人公キャラクター設定をする。
表面上はあらわれて来なくても、細かければ細かい方がいいという。

日高昆布で、だしをとるか、化学調味料で済ますか、くらいの違いだと思う、だから、それはすごく大きい。

白状すると、実はマンガの原作を書いている。

            §

コンペの設計案、エスキス。
やりたいことは、エスキス開始時から頭に明確に出ている。
しかし、それがぴたりと与条件にあてはまるわけではない。

これから、微細な調整や、思いきりのために、チコチコ何枚もスケッチを重ねる。

写真は千葉外房の海。
湘南に親しむ前、僕にとって海と言えば外房であった。

兵庫県には二つの海がある。
湘南が瀬戸内海だとすれば、千葉外房は日本海。
ポイントは「人間との距離感」つまり親水性だと思う。
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  2006年4月24日(月)   タイムマシーン
「ガイコクに取材旅行の話があるのですが行きませんか?」
というお話をいただいたが、学校があるので断念。

              §

午後VDI出講。
山手線が動かず、恵比寿駅は機能していない。
新宿方面から来る学生は「大江戸線、日比谷線」と乗り継いでこれるはずだが、一人、「新宿で電車が動くまで3時間待っていました。」というつわものがいた。

もちろん叱ったりはしないが、面白いやつなのでいじってみる。
講師「何して待ってた?コーヒーか?」
学生「タワーレコードでCD聴いてました」
講師「新宿から恵比寿、歩けば1時間もかからないよ」
学生「えっまじっすか?」

その後、学生に原始人的能力について話をする。
絵を描くこと、2000年前にタイムスリップしたとしても使える能力だよ。
歩くこともまた、しかり、と。

              §

しかし、別に若者に「歩け」とは言わない。みな、どうみても歩くための靴を履いていないし、それは年寄りの楽しみにとっておけばいいと思う。
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  2006年4月23日(日)   旧態堅持
「忌み、慎み、旧態堅持、万事退守、内部整理、実力涵養、新規事業見送り……」
八白土星の今年の運勢である。

             §

愛車vespa125sprintが、倒されておりウィンカーなど破損。
気が滅入る。

終日、カタログ整理、Macの場所の移動など内部整理に努め、旧態堅持を誓う。

昼からカレーをつくり、夜カレーうどんにして食べる。
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  2006年4月22日(土)   検分と見聞
外房の太東崎へ、敷地の検分と見聞。

海、川、水田、池、強い風、強い日射し。
過酷ゆえ美しい環境。

          §

田植えするおじいさんを、横からじっと眺める。
山に帰っていた田の神が、うららかな陽光の中、あくびをしながら戻ってきた。

アジ、鯛、わらさ、まぐろ、イカの刺身、海老、キス、イカの天ぷら、ブリの煮つけ、あじのナメロウ、フライ……。

少々食べ過ぎて帰京する。
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  2006年4月21日(金)   ダイアローグ
朝から夕方まで一日VDI出講。
常に、喋りたいことが満ちあふれているので、夕方には口がカラカラになる。

本日の湿度40%。

18才で上京してきた人。
高校中退の人。
フリーター、ニートから心機一転の人。
沖縄で二年生活していた山梨の人。
もとパティシエの人。
大学の建築学科を出て、VDIに来た人。
様々な人との対話。

            §

今日の印象的な一言。

「大学(建築)の先生に『インテリア?それは好きずき、趣味の問題だから勝手にやりな』と言われました。ショックでした。」

いまだに、あまりにもズサンな大学の建築教育に、まだそんなことやってるのか……、と少し悲しくなる。

なので、しかし、それが、社会に「建築ツウ」を発生させた大きな意義のひとつであることは確か。

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  2006年4月20日(木)   会話
「建築ツウ」5册目の本の戯曲(シナリオ)を書き終えた。すべて会話体。

今度は、そう、コドモから主婦、学生、建築家にいたるまでの、「全ての人」が読める本を画策している。

今後のワタクシめの建築家人生においても、もっとも重要な書になるかもしれない。

大袈裟か? いや、大丈夫。

              §

明日からVDIの新入生への授業がはじまる。
今年も、2年生もあわせて計70名くらいの若者と初対面することになる。

ムキムキと建築家の脳味噌を揺さぶっておくれ!
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  2006年4月19日(水)   平和的玩具
オジサン達御自慢のラジコン潜水艦。
あからあまに、子供達を挑発している。

恐る恐る忍び寄るコドモ……。
「こらッ一!」

「公園には、遊具よりおもしろいオッサンを配置すべし」

             §

戦闘機の模型をつくったり、ジオラマと呼ばれる戦闘シーンを再現したプラモデルで遊んだり、のらくろを読んで兵隊の出世に一喜一憂したりした我々のコドモ時代。

戦争はコドモにとって魅力的な玩具であった。

似たような話がサキの小説「平和的玩具」にある(『サキ短編集』新潮文庫)。
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  2006年4月18日(火)   懐かしみ
カラダ中にえさをつけ、ハトと戯れる老人
ラジコンの潜水艦を得意げに水上ではしらせるおじさん
ボート乗り場でだべっているおじさん達
高齢の御近所さん達の挨拶が飛び交う、激安中華チェーン店

石神井公園には、黄昏れた、とろりとした年金時間が流れていた

15年前、下井草に一年住んでいたので、微妙な懐かしみが伴う。

            §

所用で飯田橋へ、帰り、うららかな陽気の中、市ヶ谷まで歩く。

11年前まで、飯田橋に勤めていたので、微妙な懐かしみが伴う。
会社を抜け出して、よく、この辺りを散歩していた。
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  2006年4月17日(月)   露の光
実はこの3ヵ月、のんびりとしていた。
正味、今日から「仕事はじめ、新学期、新年度」って気分でカラダ中の何かが仕事モードに変わった。

6月からは全開の予定。
あと5年はまたノンストップで。

               §

午後、VDIへ出講。
本科生(2年生)、徐々にリラックスしつつ、内容はよりシビアに。

写真「ちひろ美術館」、建築雑誌には絶対載らない一枚の写真。
不整形な平面、午後の早い時間、一瞬、雨の露にキラキラとさしこむ陽光。

建築は奥深い。
それは、記号化、モデル化、理論化、類型化、標準化とは別の世界。

どんな権力も、建築の生きてる時間を止めることはできない。
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  2006年4月16日(日)   蜜月
晴れているのに、小雨ぱらつく。これを「きつねの嫁入り」と子供の頃呼んでいたが定かなことはわからない。

えいやっ!と外に出て、練馬の「ちひろ美術館」へ向かう。
その不整形な平面と、いわさきちひろの絵との蜜月を見い出すために。

2階のエレベーター前のイスに座ると、それは解けた。
「なるほどね……」と、感じた頃、雨はやみ、美術館を後にする。

石神井公園の本物のアヒルと偽者のアヒルに挨拶をして、池袋へ。

                §

フランク・ロイド・ライト設計の「自由学園明日館」へ。
こじんまりとした、結婚式がとりおこなわれていた。
生き続ける建築をみることほど嬉しいことはない。

「うちは何年もちますか?」
でなく
「何年持たせたいと考えています、そのための努力は惜しみません。なので、残す価値のある“建築”を設計して下さい。」
が正解だと思う。

もちろん、まだ言われたことはない。
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  2006年4月15日(土)   プロモ
コンペの面談のため久しぶりに新宿へ。
ノートブックのMacを持ち込み、パワーポイントでつくった「OCMのプロモーションスライド」をまずは施主にみてもらう。
はじめての試み。コーディネーターの人に、「あら、大島さんらしくないですわね」と冷やかされる。

              §

気持ちのいい、打ち合わせだったので、終わった後、新宿を徘徊。
ちょっと小腹がすいたのでと、入った「思い出横町の岐阜屋」にて早めの酔徒と化す。
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  2006年4月14日(金)   ドカン・ボンタン
午後、VDI初出講。

卒業の時、あまり講師は感慨がないのだが、今日の初出講の時、「あっ、もうあいつら、いないんだ」と、一瞬頭をよぎった。

しかし新しい学生達と顔をあわせると、もうエンジン全開。
予習(しこみ)しすぎて、喋り過ぎて、時間が足りなかった。

             §

恒例の「9坪ハウス」の授業。
自己紹介がてら、自分の住んできた住まいについてスケッチとコトバでプレゼンテーションしてもらう。

印象的だったのは
「近くの公園に、小山にトンネルみたいなものがあって、そこが好きでした」という話し。

もう、土管(ドカン)というのは死語になりつつあるということを感じつつ、我々が頭に浮かべるドカンは、実はコンクリート管だよな……ということも感じつつ。

僕もドカンは好きだ。
東京旅館の右の写真2枚のまるっこい空間も、基本的にはドカンの感覚≒かまくらが、無意識にあらわれているのか。

若い人の無意識をやがては確信に変える、それが講師の仕事。
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  2006年4月13日(木)   鴻雁北
寝る前パラパラと読んでいた本のコトバ

「激しい欲望は習慣、流行、伝統になりうる。その場合、それは一見、自己への不満とは無縁だが、にもかかわらず、由来の原形をとどめている。」

習俗、伝統などを考える時、何かこう粛々と無心に事が運んできたような錯覚に陥るが、実はそうではないだろう。

それが繰返されるごとに、疑問や、不満や、欲望が随時そこに加味されてきたはずだ。

伝統とは本来ダイナミックに変転・生成しつつある課程である。

              §

ムンとした空気。あいかわらず湿度が高いが気温が低いので、それほど不快感はない。

鴻雁北す(七十二候):大型の渡り鳥が北へ戻っていく季節。
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  2006年4月12日(水)   キワモノ
「際物」という言葉がある。
「『建築ツウに訊け!』って読んだ?」
「え!あれキワモノでしょ〜」
といった感じ一般的には使われている。

しかし本来「際物」とは「季節のお祝い事に欠かせない“玩具”のこと」を指します。
そう、鯉のぼりとか雛人形とか……言い換えれば「ずっと出ているとおかしい」って感じか……

でも“玩具”というのはいい響きだ。
建築界の“玩具”……とか
「大きな子供(建築家)と大きな玩具(建築)」

……うまいこと言っている場合ではない……

             §

『建築ツウに訊け!』情報
建築家の前島周子さん。一度お会いしたことあるけど、お忘れだろうか……。

広島の建築家・古本竜一さん。

コメントありがとうございます。
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  2006年4月11日(火)   ライフワーク
雨が降って、世の中のテンションが低い。

「入社1ヵ月、もう、仕事やめようかと思ってます」
「おじさんのカレー臭に耐えられないので、はやくおうちに帰りたい」
「予算がおさまらない……」

雨の中から聞こえてくる様々な声。
アキ・カウリスマキ、ジャームッシュ、ヴェンダースといった連中なら、このアンニュイな雰囲気をいい映画に仕上げてくれそうな気がする。

ワタクシめはしとしと降る雨を利用して、留保していた戯曲の6月の項を仕上げる。

「毎日しとしとよく降るわね……なんだか気が滅入るわ……」
という導入からはじめた。

この主人公の奥さんのキャラクター、頭の中では平野レミを想像しながら書いている。

                §

本日も朝から湿度が70%を超えている。

最近会ったデザイナーさん(30才、50才)の人が口にしていた話し。

「陶器の器、これは僕のライフワークです。」
「イス、もう6年もかけて設計している。ライフワークだね。」

果たして「建築ツウ」のライフワークとは、と自身に問いかけた。
写真を撮り“続ける”こと。
文章を書き“続ける”こと。
建築を設計し“続ける”こと。
だと再確認。

何も完成はしない。
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  2006年4月10日(月)   昭和の人間
バンタンデザイン研究所新入生オリエンテーションに参加。
平成18年?ってことは、彼らは平成元年生まれか?

いよいよアレだな
「あいつは昭和の人間だから……」
って言葉が一般化してきますね……。

             §

終了後、講師の方々と飲食し、アート、デザイン、ファニチャー、建築などについて語り合い、大いに刺激になる。
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  2006年4月9日(日)   湘南逍遥
昨日、すんなり藤沢まで行かずに、大船で途中下車。
気になっていた大船の商店街と再会し、アジフライをかじりながら、フラフラする。

湘南、鎌倉の人々の胃袋の中身をとくと拝見し、やっぱりため息がもれる。

今度はこれも前から気になっていたモノレールに乗る。
4/8は“山の神の日”。“高い所へ登って、海等をみる日”だ。
モノレールから湘南のキラキラとした海を眺める。

江ノ島から鵠沼まで歩き、晩、施主と一緒にまた江ノ島まで一往復歩く。

              §

4/9雑誌撮影。

建築家があ〜だこ〜だって言うと、写真家の人はいやがるので、できるだけ邪魔にならないように努力。

日頃の行いが良いので、抜群の天候の中撮影は終了した。

新しい施主の方も見学に来られていて賑やか。

打上げに、榮太郎寿司をいただいて帰京する、が、お腹いっぱいなのに懲りずに藤沢名店街の地下をウロツキ、ソーセージや豚バラなどを仕込んで帰って来た。
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  2006年4月8日(土)   トキワ
明日「鵠沼の家」の雑誌撮影があるので、これから“前乗り”して、宿泊させてもらう。

大袈裟か?はい、これは明らかに大袈裟。
なぜなら撮影は別にワタクシめがいなくても粛々と進むはず……。

               §

20才の頃、つまり社会へ出る前に、少なからず一度は社会に対しての疑問を抱いたりする。
20代後半の社会へ出た後、人によってはもう一度それが訪れる。それは20才の頃のソレと違って深くて暗い闇をともなう。

やがて建築家となるべく人間は、その場合孤立……いや独立すればいいが、その手の表現手段を持っていない場合はけっこうキツイ人生を送らねばならない。

トキワ/常磐:大きな岩石がどっしりとして動かないように、永久不変であること。
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  2006年4月7日(金)   袈裟
設計コンペの依頼を受け、要項が送られてくる。
設計脳が働きだす、創造と現実のあいだを行ったり来たりして、様々な脳の中の引出しを開けたり、閉めたりする。

大袈裟か?
いや、人の家の設計、大袈裟であって当然だろう。
これからも、常に大袈裟に思考していきたい。
「常に大問題を抱えつづける」ということが、この仕事の使命。
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  2006年4月5日(水)   漫画
先日某打合せで「マンガ」のキャラクター設定の話になって、
「大島さん、主人公は3頭身、6頭身、どんなイメージですか?」
と聞かれて、まったくその質問に答えられない自分になんかとてつもない“かわいらしさ”を感じた。

こう、何と言うか、まったく自分のわからない世界が、そこに、あるという心地よさ。それを、周りの人がつつがなく動いてくれて、完成されていく。これこそが「人にものを依頼する・共働する」ということの快感だと思う。

                §

マンガは全く読まないし、ゲームというものもやったことがない。ここ10年くらい、映画にCGなるものが導入されてからは、映画さえまったくみない。

つまらない人間だ(笑)。

しかし、個々の表現形式、その中に潜む作戦というものには多大なる興味をもっている。

また、近代以前、本というものには、かならず“絵”が挿入されていた、といった話しなどにもとても興味がある。

現在の本は“絵”を失った、という言い方もできる。
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  2006年4月4日(火)   イン・ヤン
我々の身の回りに、あたりまえに存在している習俗の由来を調べること。
行き着く果ては、中国の陰陽説、五行思想、道教、インドの仏教、それをとりまくヒンドゥーの神々、日本の神々、農耕習俗……

これらを解析することによって、「和風」と呼ばれているものの原理を追求できるような気がする。

              §

午後、バンタンデザイン研修所で講師の研修のようなプログラムに参加。
つかのま、新入社員気分を味わう。
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  2006年4月3日(月)   絡み
“重陽”や“十五夜”についての戯曲を書いている。
日本人や古代中国人が、どれだけ季節の変化に敏感で、それと戯れまた畏敬の念をはらってきたか……。

齢(よわい)40にして、あらためてその辺りに決着をつけておきたい。
薄っぺらな建築でない何か。

抽象? 
何を抽象化するのか、はっきりと明言せねばならない。

              §

写真は現在開催中のギャラリーSITE での展示、勝手に自身を絡ませたもの。

何というか、“絡みやすい”アートというもの、重要だと思う。それは親しみやすいともまた違う意味で。もしくは排他的な表現であっても絡みたくなるものもあるという意味で。
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  2006年4月2日(日)   酒徒妄想
壺中喚天雲不開  こちゅう天をよべども雲開かず 李賀

壺の上から底をのぞいて、桜花に酔っている程度の東都の一酔徒。

西方美国の李賀のように、酒壺の底から、その口を見上げ、天を喚ぶような妄想の粋(域)に達すまでには、まだまだ歳月を要す。

李賀は二十七年の生涯で、そこまで到達したというのに。
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  2006年4月1日(土)   飛鳥山
「学習院下」から一日乗車券を購入し、都電荒川線(ちんちん電車)に乗り、飛鳥山へ向かう。
飛鳥山は、江戸時代からの由緒正しき桜の名所。将軍吉宗の時代に「酒宴」と「仮装」が許されたという。

“「仮装」が許された”

いい響きだ。今後、もう少し調べてみようと思う。当時の江戸の大衆の欲望の中に、どんな「仮装欲」があったのか……。ひょっとこか、おかめか、それとも幕府への諷刺か……。

                §

飛鳥山の「2006年花見習俗」をとくと観察し、また都電の人になる。荒川一中前で降りて、ジョイフル三ノ輪という商店街を歩き、南千住・日本堤(山谷地区)の労務者さんに挨拶し、吉原のソープ街の活況を観察し、入谷、鴬谷まで歩き、山手線の人になる。
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