OCM一級建築士事務所
 

2006年2月


  2006年2月28日(火)   好き嫌い
僕には食べ物の好き嫌いがなく、さらにお酒の好き嫌いさえない。
それが「建築の人間だ」※1)と言ってしまえばそれまでだが、逆に人の好き嫌いが必要以上に気になる。

僕と同様に酒徒でありとにかく何でも食べそうな飲みそうな屈強な男性にうかがったところ「タマネギのみそ汁がきらいだ……」という。

また、若いイケメンデザイナーにうかがったときは、寿司をパクパく食べながら「酢メシがキライです……」という。酢メシが握り寿司になった状態はいいのだが、酢メシがバラけている「ちらし寿司」とか「バラ寿司」はダメなそうだ……。

それらのコメントは僕にとって何だかとても詩的な響きをもっていて、ずっと頭の中に残ることになってしまった。

もうひとつ。

人の好き嫌いを聞くと、それを何とか食べさせてみたくなるいじわるな心境になるということ。
たぶん、どのご家族でも、けっこうそれはあるんじゃないかな。

ただそれだけの話です。

                 §

さて、2月も終りです。 もう春です。
で、明日からOCMホームページが全面「リニューアル」※2)されます。

ビックリしてください。

※1)「建築ツウに訊け!」p.186参照
※2)「建築ツウに訊け!」p.212参照

「建築ツウに訊け!」情報
鹿児島の太田さんという人にすばらしい書評いただいています。
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  2006年2月26日(日)   雨の日曜日
昨日からはじまった「文化庁メディア芸術祭」を観に恵比寿の写真美術館へ。

1階の上映会を一時間程、アート部門の圧倒的な映像力にやられる。
建築、写真、文章、喋り……という鈍重なメディアを使って表現しているものからすれば、嫉妬は禁じ得ない。

「優秀な人材は、みなデジタルへ流出していく……」と言われて数年が経つが、そのとおりかもしれないし、そうでもないかもしれない。

写真は、小林和彦氏の「gate vision」という作品。発想は単純車窓からの風景(動画)を加工したもの。だが、すばらしい。デジタル万華鏡といった感じの心地よさ……。

学生さんへ。
卒業式まであとわずか、時間のある人は必ず行きましょう。ちなみに全て無料ですので。

なぜか「大島ゼミ」の学生は何人かが建築をやらずに「アート」の方向へ進むという……
講師は一体何を教えているのか(失笑)。
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  2006年2月25日(土)   東欧邂逅
東神奈川のスケート場へ。
都内にもスケート場はいろいろあるが、その東欧的な雰囲気が好きなので、あえて東神奈川へ。

久しぶりに行くと、鉄骨むきだしだった天井に、シルバーの断熱材が貼られて、ちょっと改変されていた。

水色のペンキ、彩度のひくい黄色の床、ラーメン、“ピラフ”などの軽食カウンターから立ちのぼる湯気、来客のもこもこの防寒着、こわれたカップラーメンの自動販売機……

そして時期が時期だけに、場内はミニ荒川であふれてコスプレ状態……

2時間、ちびっ子の混雑をぬって、ただひたすらすべりまくる
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  2006年2月24日(金)   “ぽむ帯”
拙著「建築ツウに訊け!」の“帯”を
ぽむ企画さんにやってもらってます。

「建築ツウ」にも、いろいろ白帯とか黒帯とかあるのですが、今回は日々の鍛練のおかげで、晴れて“ぽむ帯”に昇段したことになります。

「“ぽむ帯”を巻く」
「あいつは“ぽむ帯”級だ……」

といった使い方ができます。
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  2006年2月23日(木)   プロレス
先日、某グラフ誌(銀行の待合いとかに置いてあるやつ)の人から電話があって
「藤波辰巳と対談していただきたいんですけど」
と言われ、なんでも蟒蛇のように飲込む「建築ツウ」としては、「いいですよ」とふたつ返事。

で、その電話で、日時まで決まりかけた時
「あのう、八万円なんですけど……」
「ゲ!」

八万円いただくのではない、こちらに支払えと言うことだ。
もちろん「やめます」と言った。
プロレスファンなら八万円払ってでも会いたいかもしれないが、実は、僕は、そう、藤波辰巳と、三沢と、長州小力の区別がつかないほどのプロレス音痴なのだ……。

日々、魑魅魍魎うずまく世の中……。
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  2006年2月22日(水)   墓vs高層ビル
荒木師匠、お返事ありがとうございます。

「予定細街路」というものと「日影規制・計算」、があったということ理解しました。
僕も「日影規制・計算」は嫌いです。いつも避けて通っています。
コンペ時に、「日影規制・計算」を意識しながら計画していくことの「めんどくささ」……何かこう、創造的な思考が、法的な何かに大きく左右されながらスタディーしている違和感がキライです。

荒木師匠とは2回コンペで戦ったことがあります。2回とも、二人とも惨敗でしたが(笑)。
また、いっしょにコンペやりたいです!楽しみです。

             §

夕方、なまあたたかい空気に誘われるように、ひょこひょこ歩き始め、青山へ。外苑西通りでトラフ展をみて、そのまま青山墓地をぬけ、外苑東通りへ歩き「ギャラリー間」でやっている「日本の現代住宅展 1985-2005」をみる。

会場は、若い建築学生の人々で溢れていた。平日なのにすごい人だな……とこの展覧会の盛り上がり方に興味を持つ。

展覧会自体も不思議な感じがした。1985年といえば僕は20才。ちょうど建築雑誌などをみはじめた頃から現在までの話題になった住宅がずらりと展示されている。自分の脳内の「建築メディア部門」をかいまみているようで不思議だった。総体としては不思議感があるが、個々の住宅模型をみても特に何の感慨もない……不思議だ。

               §

頭を?にしたまま、ふらふらと新宿まで歩き、昨年の卒業生の同窓会に参加。
卒業生の悩みをまじめに聞いたり、笑い飛ばしたり、おまけにこっちの悩みも聞いてもらい、笑ってもらう。
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  2006年2月21日(火)   イリュージョン
午後新宿OZONEへ模型をひきとりに。
建築家の荒木毅氏が「TPOレコメン2006」とかいう集合住宅のコンペに出品されていたので、他の作品も含めて観察・分析する(ついで、ではなく、みたかった)。

出品者は若松さん、難波さん、荒木さん、渡辺さん、阿部さんの5名。

傾向は大きく分けて3つ
1)「敷地形状オールインワンタイプ」若松さん、荒木さん
2)「集住群、個体タイプ」渡辺さん、阿部さん
3)「普通タイプ」難波さん

通常個建て住宅の場合、狭小敷地や、旗竿敷地などにおいて敷地一杯に建てざるをえないことが多いので、自ずから「敷地形状オールインワンタイプ」になることが多い。つまり、敷地形状に大いに影響されながらヴォリュームを規定し、その中で空間を割り振っていくというやりかた。

しかし、今回はどうやら建蔽率的にみて「配置計画」においてかなりの自由度があるプロジェクトであるみたいだった。ので、大いに「集住群、個体タイプ」の検討が可能になってくる。

個人的には阿部さんの案に共感する。
僕の考えている「多様性、複合性」といった考え方に近いものがあると感じた。またミニマルアートや「もの派」で云々されていた「イリュージョンを排除すること」を心掛けていること。わかりやすくいえば、「あからさまに汚い模型をつくり、模型が表出するオモチャ感やオシャレ感」といったものを排除することによって本質を表出しようとする方法論。

※美術や建築をやっている人、「イリュージョン」と聞いて「ツムラ」とか「テンコー」とか思い出してはいけません……。

僕は世代的に阿部さんに一番近いが、学生時代ちょっとした集合住宅ブームがあって、関西ではそれは遠藤剛生さんや、都住創の中筋さんたちがひっぱっていた。あからさまなパステルカラーは別にして、その多様性は学生であった僕たちに少なからず迷路のような空間の楽しさを感じさせてくれた。

それに、モーフォシスのような模型表現が、どこかで刷り込まれている。

荒木さんの案は、スカイライン、屋上のレベルがまっ平らなところと、壁面もまっ平なところが気になる。「緑化された屋上に出て……」とあったが、たぶん、住人は出ないんじゃないかな。三角形の光井戸ではなく、御得意のCHシリーズのような、激しく陽光を捕らえる屋根形状によって全体を構成されていたらどうなっていたかな、にぎやかで、多様性に富んで屋上も面白くなったのでは……と個人的には思う。

以上、ほとんど当K-2DIARY愛読者である荒木さんに向けた“お手紙”で、たまには「真面目に」建築の話もしなければ……といった感じです。
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  2006年2月20日(月)   契約更改
講師の契約更改のためVANTANデザイン研究所へ。

この学校の特色、講師は一年契約、つまりプロの世界、出来が悪ければ、即クビ、当然だ、そこに甘えはない。

長くやればいいってもんでもないし、もっと30才前半の講師が育ってほしいなあ〜と思いつつ、天職だとも思っているので、期待されれば、やる。

新宿オゾンに「長い巡業を終えた」模型をひきとりに行こうかと思ったが、雨が降っているのでやめた。
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  2006年2月18日(土)   高尾-小仏縦走1
朝、京王線で「高尾山口」まで行き、そこからトレッキング。

薬王院あたりの賑やかさは避け、吊り橋のある2号路、4号路を通って高尾山(599m)山頂へ。

家でつくってきたオムスビと筑前煮で腹ごしらえをして、あまりじっとしているとカラダが冷えるので、歩き始める。
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  2006年2月18日(土)   高尾-小仏縦走2
寒いが、晴れていて風はない。
融けていない霜柱をさくさくと踏みしめ、尾根つたいにいもみじ台、一丁平を経て小仏城山(670m)山頂へ。

相模湖を見下ろす景色、中央高速の車を上から眺めながら、東海自然歩道をいっきに相模湖まで転がり落ちる。途中、サルの襲撃をうけるが、棒をふりまわし、大声を出して蹴散らす。

千木良という縄文的な地名の集落を通り、弁天橋へ。そこで瀬降っているキャンプ場の主に嫉妬の目をむけながら、相模湖、中央線相模湖駅まで歩き、帰途につく。

ニ・三年前、この東海道自然歩道というものの存在を知り、その地図を目にしたとき、何かぞくぞくとするものを感じた。

ニッポン人が遊びとして山歩きをはじめたのは明治以降の話なので、それ以前からこういった道が形成されていたという事実。

漂白の民サンカの移動ルート
修験者の道、空海や役の行者の通った道
忍者、密使たちのルート
落ち武者の逃げ道
などなど

「裏」のニッポン史、資料はなくとも、そこを歩けば、感じることができる。
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  2006年2月17日(金)   la villa Taito-misaki
千葉の「大東岬の別荘」のエスキスをのんびりとしている。
ちょっと、スケッチしては、別の事をして、また思い出したようにスケッチ。
もう少し、あたたかくなったら敷地をみにいこう。

敷地を見に行く前に、つまり「敷地環境」というものをとっぱらった段階でのエスキス、案外コレ重要であると考えている。

敷地にやられる前に懐刀を磨いておかねねば……。

竣工予定は再来年……。
これくらい、じっくり時間をかけて設計をやってみたいとずっと思っていた。

敷地が広く、様々な案が溢れてくる。
やりたいことがいまだに多すぎる。それはスタイルを決めないものの苦しみであり、愉楽である。自分が明日何者になるかわからない緊張感……。
自分から何が出てくるのかという、待ち望む気持ち。
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  2006年2月16日(木)   
「建築ツウ」はこれからも歩きつづけます

※後日発見された「建築ツウ」の後ろ姿
どうやら、福島県松川浦を歩行中……

街でみかけたら「よ!建築ツウぅ〜!」と、合いの手を入れてください。
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  2006年2月15日(水)   「建築ツウに訊け!」発売
大島本第4弾「建築ツウに訊け!」(エクスナレッジ)が、そろそろ本屋に並びます。
今回は100の質問に対して、建築ツウが答える……という問答形式になっております。

「建築って何ですか?」
「空間って何ですか?」
「納まりって何ですか?」
「“建築の人間”って何ですか?」
「“ザックリと”って何ですか?」
などなど

日々、なにげなく使っているコトバ、もしくは建築家が使っているけど、よくわからないコトバやことがらについて、禅問答さながら答えまくっています。

是非、御高読下さいませ!
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  2006年2月14日(火)   建築度を診る
ラヴ度溢れる14日の表参道、安藤物件「表参道ヒルズ(つまり森ビル)」を“診に”いった。

大文字の“建築”、つまり形而上学的な建築という観点からすれば、薄い。が、それは同時期に進行していた直島の「地中美術館」などにおいて、純粋な建築度、つまり建築のための建築度は確保されているので、安藤さん的にはOKなのだろう。

つまり、常に目的をはっきりさせながらプロジェクトを進行させることができるのが安藤さんのいいところ。他でやればいいことは他でやる、ごねない、即断即決、クライアント気持ちいい……って感じ。

商業建築から「建築」をスタートさせた安藤さんにしてみれば、おチャのコさいさいといったところ。

ゆるやかで、少々窮屈なスロープに、来訪者のとまどいの表情、なんとなく“歩かされている感”の強い感じ、動線・視線の規定・政治学?そこにわずかに「建築度」を感じることができた。

               §

写真は近くの明治通りのビックリ物件。設計ARUP(外国系)とあった。
「表参道ヒルズ」にくらべるとはるかに「建築度」が高い。
もちろん、好き嫌い、美醜は別にして。
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行1
二日旅をしただけで、脳の中に書きたいことが溢れる。
が、そんなことをしていたら、本当に“日記屋”になってしまうので、“旅の動機”というものだけによって、紀行を形成させてみようと思う。


「仙台までは新幹線で2時間なのに、より東京に近い松川浦(相馬市)へは、新幹線はなく、特急で3時間40分もかかる、その交通網のつくりだすへき地状態を感じる」
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  2006年2月13日(月)    浜通り紀行2
「寒いので、もっと寒い所に行く」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行3
「日本海側の越前ガニ(=松葉ガニ)の半分は、大平洋の福島松川浦で水揚げされ、“越前ガニ”というブランド名で全国に流通しているという噂の検証」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行4
「旅館の研究」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行5
「松川浦の奇景、水没した後の東京の姿を頭のどこかにちらつかせながら味わう」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行6
「松島にも多かった、無気味な何百という横穴群、海水による侵食に人間が触発されエスカレートしたもの、住居、倉庫……」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行7
「潮風による、人間の営みの朽ち果て具合の検証」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行8
「新幹線や高速道路は福島のいわゆる“中通り”とよばれる地帯を走っており、経済の中心にもなっている。では“浜通り”どうなっているのか」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行9
「なぜその“浜通り”に原発や火力発電所が集中しているのか、人々のメンタリティーは、もしくは火力発電所の煙、CO2をみること」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行10
「“その”浜通りにある、福島県唯一の国宝建築『白水阿弥陀堂』に参拝すること」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行11
「なぜ『旧常磐ハワイアンセンター』はその国宝の近辺につくられたのか、平安末期の末法思想とハワイアンリゾートとの関係、精進落としというコトバをヒントに」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行12
「“その”浜通りのはじまる北茨城の地に、なぜ岡倉天心らを中心として横山大観たちはコミュニティーをつくり、生活し、絵を描いたのか」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行13
「岡倉天心が“設計”した六角堂をみて、“天心がみたもの”を実際にみるため」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行14
「建築家の“いらない”時代における、天心の普請道楽振りの検証」
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  2006年2月13日(月)   浜通り紀行15
「ワンカップをカバンに常備し、ひたすら歩き、カニと魚を食す、つまりバックパッカーからワンカッパーへの“心の旅立ち”」
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  2006年2月12日(日)   “浜通り”
福島県の“浜通り”あたりを、旅をしていた

詳細は後日。。。。

写真:福島県相馬市 松川浦の夕陽
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  2006年2月11日(土)   誕生
未来日記になってしまっている

人の、誕生日のために、描いた
十二人の使徒が、誕生を祝っている
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  2006年2月10日(金)   象徴派
建築を志してから、いや、ソレ以前から、建築の周辺、周縁をウロウロすることが好きだ。

街の破落戸(ごろつき)が、ナイフをチャッチャいわせながら、通りすがりの人をじろじろ眺めている感じ。あれは一体何をやっているのか?おそらく、シュミレーションであり、想像の中で“おつとめ”しているのだろう。

脳の“素振り”、空振りではない……

解釈と言うコトバが好きだ 千の解釈

自分の描いてしまった絵をみて、ニヤニヤしながら

「明日は学生の卒業制作展の搬入だ、あっ、何か懇願している奴がいる……その傍らで模型が壊れて、自暴自棄になっている奴がいる……」

もしくは

「巨大なパトロネジーの象徴に、ひれ伏す建築家たち……」

などなど
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  2006年2月9日(木)   ワンコイン根菜
「恵比寿はいいですね、いろいろお店があって、ランチとかにも困らないでしょう」

「……」

店の“ランチ”にも行かず、コンビニにも行かず、近所の八百屋へ。
ワンコイン(=500円)で、これだけの野菜が買える。

まだ遺伝子の声を、よく澄まして聞けば、この季節何が食べたいかを教えてくれる。
たとえば根菜。

その野菜達に人参と“かしわ”を加えて、「炒め蒸し」というコトバがあるのかどうかわからないが、そんな感じで、弱火で炒めて蒸す。水はほとんど入れない。野菜から出てくる水分を逃がさないよう、重たいフタの鍋が好ましい。
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  2006年2月9日(木)   刺身根菜
一時間後、全てに火が通り、ほとんど何も味をつけていないが、それぞれの素材の味が正直に味わえる状態。刺身を食べるように、ちろっと出汁醤油をつけて食べる……美味。

関西人は薄味と言われるが、薄味なのではなくて素材の味を正直に味わうことのできる味覚になっているのだと思う。

こういうことを言うとすぐに関東の人から「じゃ関西帰れ」といわれるが、
帰らない(笑)。
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  2006年2月7日(火)   西麻布徘徊
夕方、六本木で佐々木玲君とおちあい、西麻布ギャラリーle bainへ歩く。
「卒業生の大島邦昭君がインテリアデザイナー内田繁の全面的なバックアップで個展をやる」という噂をキャッチしたので、その真意を確かめるべく、招待もされていないのに、オープニングパーティーに潜入……。

個展ではなかったが、素敵な空間でのびのびと展示されていていい感じであった。

作風は在学中(5年前)からのものを、じっくりと醗酵させながら、展開していくという非常に確かなもの。シナ合板を“井桁状”に組み合わせ、そのズレや、連続性、回転によって骨格をつくりあげるといったもの。堅実で優美さを少しずつ獲得しつつある途上にあることが感じられる。

                   §

その前に立ち寄った六本木ヒルズのミュージアムショップにて山口晃という人の作品を認知する。前から気にはなっていたが、ちゃんとみると、どんどん引込まれる。建築的であり大和絵的であり……僕がうろうろしている世界に近いな……と少しいい意味で嫉妬する。

もう一つは、確実に世に溢れるCG表現への反動、“手描キックス”の逆襲……が感じられる。やはり徐々に、ゆるやかに、少なくとも“ものつくり人”はコンピューターから離れていかねばならない。

そういった、時代の病に山口晃は先んじてかかってみせている。レトロスペクティブ=懐古主義といった、そしりを甘んじて受けながらその先をゆっくりとめざす姿は、僕の建築の感じと似ている、と勝手にその個人個人におきかえて物事を考えさせるのがアートという営為であると思う。

「新奇なことをやらねばならないという強迫観念、呪縛からの開放」
「オリジナリティーという自惚れた概念の払拭」

だから、何にもない人には、アートは必要ない。
ただし、何にもない人の心の扉をこじ開けるのもアートの営為であることは明らか。
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  2006年2月6日(月)   世界
所用で『代官山 museum of share spirit』へ。
websiteができあがっていると聞き、帰ってさっそくみる。

レベルが高い、その技術及び趣味性において。
見事にデザイナーK氏の世界が表出されている。

「とりあえず、、、」という事を嫌い、このwebsiteにしてもずいぶん前から構想されていた。  

深遠な世界観。

写真:渡辺慎一
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  2006年2月4日(土)   THE FIRST DECADE OF OCM
愛車VESPA125SPRINT(32才)のアクセルワイヤーが切れてしまったので、東京ベスパで修理してもらった(以前はワイヤーの交換ぐらい自分でやっていたが、最近はさぼってプロに頼むことにしている)。

アウターも変えたので¥1.4万円。

友達のアーティストの「キャデラックの修理に年間70万円かかった……」という話を思い出しながら、「僕はまだまだだのう〜」とつぶやく。

治ったので、調子に乗って寒空の中、下北沢の方へ乗ってでかけたが、あまりにも寒くて立ち往生……。腹は減っていなかったが、飲茶屋に入って、あったかいウーロン茶とラーメンと激辛マーボ豆腐でカラダを温めて、なんとか恵比寿まで震えながらもどってきた。

             §

もう一つ。
アクセルワイヤーが切れたということはエンジンはかかるが常にフルスロットル、つまり走らない。ゆえに、ベスパ屋まで押していかなければならない、ということは、僕は一生ベスパ屋まで歩いていける距離にしか住めないことになる。

もしくは充実したガレージを所持し、優秀なメカニックを雇うか、もしくは自分がそうなるか……。
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  2006年2月3日(金)   OCMの住宅には金子國義の絵
夕刻、文化村でやっている「金子國義展-アダムの種-」を観に行く。

この人、生きている人の中では、奇跡的な存在。何が?何だろう……

御本人がいらっしゃって、ひょこひょこ、花を生けたり、何やら会場のしつらえをしてらっしゃった。ボクは小心者なので「サイン下さい、一緒に写真とって下さい」とも言えず、横目でちらちら巨匠のオーラを観察させていただいた。

この個展の完璧さ。
入場無料だが、一枚150円のポストカードから、一枚500万円の油絵まで、各自のお財布にあわせてお金を落とすことができる。
ボクは、クイーンアリスのショコラやこだわり栗どら焼きに目を奪われながらも、記念に1000円のプログラムを購入した。

人からむりやり入場料を取るのはおこがましいし、粋ではない、かといって「タダだ、ラッキー」と思うような人はお断りしたい。

ある人が言っていた「安く買ったことを自慢するのは、世界中でニッポン人、アジア人くらいさ」と。

文化の話をするのであるなら、「私はソレにどれだけのお金を投じたか」を自慢すべきですね。ボクの感覚も含めて、ニッポンが真の文化を理解できるクニになるには、“ソコ”がポイントであると思う。

                  §

ギャラリーを出ると、外はすっかり冷えきって、寒風ふきすさんでいた。
金子の美しい個展のプログラムを小脇に抱えて、道玄坂のコ汚い焼き鳥屋に駆け込んで、熱燗をグビグビやった。

美の還俗
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  2006年2月2日(木)   「壊れたヘッドフォンとヒゲ剃り……」
壊れたヘッドフォンとヒゲ剃りを、じっと見つめていたら
いてもたってもいられなくて
「壊れたヘッドフォンとヒゲ剃りに捧げるオブジェ」をつくってしまった

実際に、シャカシャカと物悲しい音が鳴る
映画「ディーバ」で、殺し屋が殺された時、耳のイヤホンがはずれて、そこからシャカシャカとアルゼンチンタンゴが流れていた……あの感じ

展覧会とかでも、薄暗くしてシャカシャカ鳴らしたいな……
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  2006年2月2日(木)   2/1
バンタンデザイン研究所インテリア学部住空間建築大島ゼミ 合評会。
今日が本番。

ゲスト講師にデザイナーの鍋田知宏さんと、建築家のY内氏におこしいただき忌憚のない御意見を賜った。

基本的に学生のモチベーションも高く、やりたいことがはっきりとしているが、それを「どうプレゼンテーションするか」という方法論のつめが甘い作品が多かった。

自分のつくってしまった作品(=うんこ)に対する愛と客観性、または人にものを伝えるという執念……、これがデザイナーやアーティスト、建築家にとってどれだけ重要であるか、若き彼らはやがて気付いていくことだろう。

なにはともあれ無事終了。
お疲れ様です。
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  2006年2月1日(水)   ネコは知っている
二月だ。
「始まりと終りを愛す」建築ツウにとっては、「始まりの次の時節」。
十二月まであと十一ヵ月、といった考え方。

時事ネタ
防衛庁の談合。民間から金をもらう官の姿。これは、昔からの悪癖がいまだに残っていて、この世代の人がいなくなればなくなる、と思っていては大間違いです。

昔、友達の弟が防衛庁に合格した。彼のオヤジは地方の民間の中小企業のサラリーマンでした。彼はそのオヤジをみていて

「オヤジのように民間にいてはダメだ。官になって民間から金をもらうようにならねばいけない。」

とはっきり言ってました。
彼は今30代半ばの中堅職員でしょう。

ありとあらゆる事件や犯罪をみて「ありえない〜」「信じられない〜」と思うのはそろそろやめにしましょう。

ニュースキャスターの「信じられませんね……」という発言の無意味さ。

人類史上、賄賂も、殺人も、売春も、偽造も一度たりともなくなったことはない、という事実を認識すること。「これからもある」で、どうしようか、とその時代その文化の対策を練るしかないのです。

                 §

街を歩いていて、ネコが異常に多い地帯があることに気付く。
たぶん、地質、湿度、土壌、匂い、または地霊に関係しているのではないかと思っている。

写真は、昔沼地であった西新宿の十二社(熊野神社)あたり、昔ちょっとした色街だったが、今は、いくつかの旅館がその面影を残しているだけである。
ゴールデン街にもネコは多いが、やはり昔、沼地で、かつその後色街、という系譜をたどっている。
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