OCM一級建築士事務所
 

2005年12月


  2005年12月31日(土) 大晦日
昨年のように、雪の中を、上野まで「干し貝柱」をもとめて行軍することもなく
“ただの人”という生物、自然として過ごす

長年の訓練によって、モノへの執着は、かなり払拭することができているが
日頃怠っているモノに対する最低限の手入れなどはやらねばと

靴磨き、銀磨き、セーターの毛玉とり……を粛々と

いつから自分は指輪をするようになったのだろう……

などと
どこにも記録されていない、無時間的空間のかなたに自らを浮遊させていく
▲top

  2005年12月29日(木) 25才
年末、現実と非現実との出し入れの作業に最適な時節
その精度は、「小宮山投手のストライクとボールの出し入れ」並

25才の時の日記(文献&古書)をひもとく
誰かの引用だ(1990年)

「今ある管理社会の隙間に、非合理で無秩序で無意味なものを埋込んでいけば良いということだ」
たぶん、安部公房かな……わからない

「生きた心地を味わうためには、現実の世界にあって、非現実の世界に旅すれば良いといことだ」
これは、島田雅彦かな……

そうとう、理論武装してるな……
他者からの同意を求めるための毒書だな

その年の春、晴れてワタクシメはサラリーマンとして上京した

自分の人生は、とうの昔に“整理”されている
▲top

  2005年12月28日(水) 粘土
「幡ヶ谷の家」
久しぶりにおうかがいする

大きくなった娘さん曰く
「大島さん、粘土くさい!」

建築家
「……」

昨晩、アーモンド系の香を焚いたせいだろうか
それとも、本当にワタクシメは“粘土くさい”のか

明日、年末年始、引きこもり用に、粘土を買いに行こう
▲top

  2005年12月27日(火) 作業
怪しげな作業
怪しげな製作

「建築」の臨界ギリギリの、その、先を診てみたい
▲top

  2005年12月25日(日) アオイヒカリ
朝、プレキシグラス(アクリル複層板)がほんのりと青味をおび、目覚める。
▲top

  2005年12月25日(日) サンダル
ワタクシメが寝たのは、写真の玄関脇、土間の横。
将来子供用、および来客用の部屋だが、つまり、サンダルをいちいち履いて手洗いとかに行かねばならない部屋。

アクリル板を全開すれば、土間とつながる。

論理や感覚たよりでやってみたが、なんとも自然。
なんら違和感なし。
特に、来客者的な心理になると、この土間はロビーみたいなもの。
気持ちが開放される。
▲top

  2005年12月25日(日) 氷点下のサーフィン
昨晩の飲み過ぎでボーッとしていると、施主がサーフィンから帰って来た。
サーフィンをするために、海辺に建てたこの家、あたりまえだが、気温が氷点下でも、早朝から海へ出る施主。

わかってはいたが、あらためてこの家の意味を実感する。
▲top

  2005年12月25日(日) 建具表な光
冬至の朝九時ころの光。

まるで「建具表」のような影が、壁面収納に映し出される。
この厳寒の季節でも、昼間は暖房も照明もいらない。
おそるべし太陽のチカラ。
▲top

  2005年12月25日(日) 余裕
壁面収納を開けて、収納具合のチェック。
うん、まだ余裕があるな、よし!

朝食にサンドイッチをつくっていただいて、その後古いヴォルヴォで湘南をドライブ。北鎌倉で降ろしてもらい、施主と別れる。
▲top

  2005年12月25日(日) 臥龍
円覚寺へ行った後、大船まで歩く。
東京に戻らねばならないが、何とも不思議な気分に襲われる。

(なんで東京に戻らねばならないのだ……陽の当たらない部屋に戻らねばならないのだ……陽の当たらない部屋でよくあんな設計ができるな……)

もしくは
(これまで10年間、あまり自身の経験に基づいて設計をしないように心掛けていたが、これからは、ちょっと変えよう……)
などと……。

おもしろいと思う案も、施主がいやだ、といえばひっこめていたが、もっとそれがどんなにすばらしいか!を訴え、しつこく食い下がってもいいのではないか、てなことを大船の“臥龍”のようなモノレールを眺めながらつらつらと考えた。
▲top

  2005年12月24日(土) 冬至
夕暮れ時、湘南、鵠沼海岸へ
自身の設計した「鵠沼の家」にて
冬至、つまり“太陽の復活祭”を祝いに参じる
▲top

  2005年12月24日(土) 建築家住宅ザ吉本
しっとりとした間接照明の灯りの中
大画面テレビで「吉本新喜劇」をみて、くつろぐ施主
▲top

  2005年12月24日(土) 一品
かっこいい対面式キッチンで、ワタクシめも手際良く(当社比)一品つくった
▲top

  2005年12月24日(土) OCMの料理
ル・クルーゼのココット・ロンド20φ(ファブリークアンフランセ)で、魚介類のトマトソース煮込みをつくる。
えび、いか、ほたて、はまぐりを塩コショウで下味をつけしばらくおいておく。タマネギとニンニクをみじん切りにしてひたすらあめ色になるまで弱火で炒める。そのときすでにホールトマトは鍋に移し、煮込みはじめる。ニッポン人にとっては、トマトの酸味をいかにまろやかにできるかがポイントとなる、ので、さきにとろとろ煮込んで、酸味を抜いていく。タマネギがあめ色に、しなしなになったら、最後に白ワインを入れて、強火でシャワーっとやる。それを煮込みはじめたトマトの中へ入れる。ローリエや、ローズマリーなど適当なスパイスを加え、野菜ジュース(果汁入りが好ましい)を一缶いれる。また期限の切れたジャムやマーマレードなども入れるとまろやかさが出てよい。ポイントは、一つ一つの素材が主張し過ぎないように、味見をしながらいろんな材料を入れていく。コンソメのブロックも一個入れる。あとで魚介類が入ってくるので、その出汁で十分だが、奥行きを出すためには必要。煮込むというのはここまでで、準備は終了。魚介類は食べる寸前に、フライパンで火の通りにくいものから順番に入れて炒める。もちろん白ワインでジュワーとやって仕上げて、そのままトマトソースの中へ入れる。魚介類全体がトマトに絡まったくらいでOK。煮込み過ぎると何だか魚介類の触感や味や見た目が悪くなるので、10分程度でOK。出来上がり。絶対にチーズとかかけないように。魚介類とチーズは相性悪〜く気持ちの悪い味になりますので。
▲top

  2005年12月23日(金) HOLLY NITE 2005 OCM
ラジオからは100%クリスマスの歌が流れている

集団幻想として、平和を感じることのできる 素敵な時だ

つられて、スケッチをした

OCM妄想ワールド

絵を描くと 精神の安寧が訪れる
▲top

  2005年12月21日(水) しつらいしつらえしつらわれ
『代官山 museum of share spirit』へ。
施主がパリで購入して来たアンティークの街灯や、フラッグポールを壁面に取り付ける作業に立会う。

西郷山公園の前を通りすぎるさいは、是非御覧クダサイ。
17:00から、点灯するようセットしました。

いつみても素敵な店内。
スタイリング(しつらい、しつらえ)というものの重要性と楽しさをつくづく感じた。
▲top

  2005年12月19日(月) 不二
建築家、デザイナー……。

ワタクシメは“建築家”であるまえに、デザイナーであることを認識してます。
なぜならば、本当にそうだったからです。
横尾忠則にあこがれて、デザイナーになりたいと中学生の頃思って、その果てに、今自分を“建築家”として位置付けているから。

なので「私は“建築家”であって、デザイナーではない……」なんて言っている人がいるとすれば、そんな人は信用しない方がいいでしょう。

「浅草の旅館」“抽象化された”富士を描いた、「富士の間」の障子。

具体的で、説明不要の“デザイン”。

“衆愚な抽象”より、“聖と俗しかない具象”が好きです。
▲top

  2005年12月18日(日) ちょっと所用で、銀座にでかける
この時期、「ちょっと所用で、銀座にでかける」なんて言えばそれっぽいが、渋谷のハンズにも伊東屋でも見つからなかった「カール社の製本用コームリング」という“地味な”ものを求めて銀座伊東屋へ。

クリスマスカードを求めて溢れるお客さんの対応に追われる受付嬢に、ポケットから、その地味なコームリングのかけらをちらっとみせて「これ何階にありますか?」と聞くと、0.8秒くらいの息を飲んで、その0.2秒の間後自信をもって「4階でございます」と答えられた。

「仕事ができる人」とは、こういうことだ。プロフェッショナルだ。


それとは別に、普段は、たぶん、自分がもうこの時代にいてはいけないのでは……ということがよくある、例えばこちらが質問をして、何でもカンでも「少々お待ち下さい」と言って、奥の上司に聞きに言って、それを数回くりかえされると、もちろん怒る気になんてならない。カロリーの無駄遣いだ。つまり、「能力がなくてもお金がもらえるって素晴しいことだ……」とつくり笑いをしたり、「もうこの時代、場所、空間にいるワタクシメの方が間違っているのかもしれない……」とガックシ肩を落として帰ってくることになる。

銀座から、日本橋へ。

特に意味はない。村野藤吾の「日本橋高島屋」に挨拶をし、エレベーターのドアに描かれた東郷青児の壁画に敬礼。

寒風吹きすさみ
空は抜けるように青い
▲top

  2005年12月17日(土) 日没
夕方、日の沈む時刻をねらって、浅草に向かう。

昨日買った二代目の三脚(SLIK SPRINT PRO 3WAY)の雲台の上にEOSを載せ、日が沈むのを待つ。

どの瞬間が、ベストなのか、わからないので、一分ごとに、いや一秒ごとに変化する、光を感じ、戯れながらひたすら、3WAYの三脚を操作しながら、何枚も撮る。

撮りながら、美学の検証が脳の中で行われている。

            §

撮り終えて、脳を冷却化するため、日の暮れた街を上野の方に歩き出す。
インテリアデザイナーの和田浩一氏から電話があって
「今日で学校が終りなのに、誰も飲んでくれない……」
と泣き言を言っているので、さらに神田まで歩き、和田氏と落ち合い、酒を飲む。
▲top

  2005年12月17日(土) 入れ替え
これは、ちょうど一年前のコンペ時の模型写真。

想像と現実との入れ替え作業。
▲top

  2005年12月16日(金) お取り寄せ@K-2
この季節になると、お世話になった人達に、何か贈らなきゃ、と思いつつ、その数の多さに、茫然として、自失して、何がいいか調べたり、探したりしているだけで、結局何もせずに終わってしまって、元の木阿弥……。

なので、せめてお薦めしますので、御自分でお取り寄せ下さいませ(汗)。

フロインドリーブの御菓子などいかがでしょう。
神戸系(芦屋も含む)お菓子屋の東京進出はアンリシャルパンティエはじめめざましいものがありますが、アンリやアンテノールはまだまだ新参者です。
神戸人は保守的で、伝統にこだわりますので、ぜ“し”、すごく歴史のある神戸の御菓子をどうぞ。

フロインドリーブは東京進出していませんが、広尾に「東京フロインドリーブ」というかわいいお店があります。
いわゆる支店ではなく、昔ながらの「のれんわけ」のようなカタチで、昔から広尾に店を出していつらしいです(お店の人に聞いてみたことがあります)。

ソーセージもドイツ系がおすすめです。
トアロードデリカテッセンです。
名前のひびきだけでも、そのかっこいいロゴをみるだけでももうヨダレがでます。

フランスパンも忘れてはいけません。
芦屋のビゴの店です。
なにやら横浜の方にもお店があるみたいだし、ネットでマカロンなんかも買えるようです。

以前にも書きましたが、モロゾフよりコスモポリタンです。そこに「メーカー」「ブランド」の悲哀の物語を感じましょう。

ケーニヒスクローネも素敵です。これは東京でも買えます。

神戸のことを考えていると、おとりよせはできませんが蛸の壺の明石焼をたべたくなります。
モロッコの蛸だと「モロッコ焼」、これは明石の蛸なので「明石焼」です。
もちろん、現地では明石焼とは言わず「玉子焼」と呼びます。
「卵焼」ではありません。

では、暖かいクリスマスシーズンをお送り下さいませ。

和風建築が得意で、日本酒と和食を好む……と、思わせることに成功している大島でした。
▲top

  2005年12月15日(木) 共有
基本的にデザイナーという人種は、自己のプチな創造的満足が他者と共有される時に快感を感じるのであろう。

それは最初は一対一の共有ですまされていたものが、やがて欲望の果てに一対マスの共有を求めることになる。

「もっと強い賞賛をくれ!」

ということだ。
▲top

  2005年12月14日(水) 鼻息
「浅草の旅館」が竣工し、朝、引渡した。

正式名称は「○×旅館」なのだが、現在保健所に申請中なので、旅館業法上の「事前広告ならびに云々」にかかってしまうので、まだ明かせません。

営業までしばらく時間があるので、どうしても見学したいというメディアの方などは、個人的にお知らせ下さい。

引渡しのあと、小一時間くらいで写真を100枚くらい撮る。

                 §

興奮気味のまま、午後VDIに出講。
撮ったばかりの生の写真をモニターにつないで、勝手に講師がプレゼンテーションをはじめる。
40分くらいしゃべりつづけてしまった。

よくまあ、こんなに、しゃべることがあるな、と自分でも感心するぐらい、様々な思惑に満ちあふれている建築である、と、つくづく実感した。

学生には
「浅草合宿するからな〜毎年恒例にするぅ〜、オレの設計した旅館で、プレゼンしろ〜」
と威勢よくぶちまけたが、学生は少し引いていた……。

ガンバレワカモノ……
▲top

  2005年12月12日(月) 作品
昨今の社会を賑わせている「偽造」の話題の中で、建築家というコトバはでてこない。なぜならそこにいないし、「社会」に認知されていないからだ。もっと言えば、実は「社会」の中にすらいない。建築家が「社会性云々」を語ったとしても、ちっとも説得力を持たないのはそのせいだ。きっと今後建築家が社会を語ることはなくなるだろう。

また今回の一連の報道(事実は闇の中)の中で、どんな仕組みでニッポンの街が形成されているかを一般の人が知ることになった。つまり、また、そこに建築家はいない。建築家は「売上げをあげなくてもいいアンテナショップ」のようなものなのかもしれない。

そんな社会の中にいない建築家にコメントを求めても大しておもしろい話はきかれない。そんな社会はどの社会にもある。間接的に人が死んでも気にしなくてすむような仕組みになっているからだ。牛肉を買う時に、「かわいいウシちゃんがクビチョンパされているところを想像しなくてもいいようなよくできた社会の仕組み」はすでにできあがっている。

もしかしたら建築士ではなく建築家を名乗るということは、その社会性から孤立しようという宣言なのではないか。もしくはルネッサンスに流行した文学的形式、つまりユートピアを描きつづけているのではないか。つまりは文芸作品、だから作品。

建築家が個人住宅の設計を好むのは、あきらかに上記の社会から排除されたか、自ら好んで出て来たかのどちらかだ。
▲top

  2005年12月11日(日) 旗
ヨコハマへ。
寒いので、とりあえず中華街で海老ソバを食しカラダを温めてから「横浜トリエンナーレ2005」に入場。

僕にとってアートは、文学や音楽と同じで、自分の「生き方を変える」ほどのチカラをもつものであった。

今のアートの状況は云々する立場にないが、これが今のハタチの人々の「生き方を変える」ことができるのかどうかは、正直わからなかった。

アートとは「まっ先に時代の最先端の病気にかかってみせる」ことであると思っている。
「風邪」もあれば「インフルエンザ」といった流行性のものもあれば「エイズ」といった困難なレベルの病気もあるし、昔ながらの肺炎やガン、脳卒中、心筋梗塞もある。

たとえば奈良美智の描く少女は、もちろん日々繰り広げられている少女殺人と、全く同義の病気であり、それを感じねばならない。あれを、「かわい〜い」って言ってしまって、すましてしまえば、たんなるサンリオではないか?

など、など、いろんなことを考えたが、これぐらいにしておこう。

           §

再び、中華街をぶらつき、「上海豫園小籠包館」にて小籠包やワンタンを食べて紹興酒を飲んで帰途につく。
▲top

  2005年12月10日(土) 暮
「浅草の旅館」、第三者検査機関(みたいなところ)の検査を受ける。
若干のシーリング未施工部分や、ヨゴレ程度の指摘で、難無く終了。

内部にはタタミが入り、暖房の試運転もして、暖かな雰囲気。
佐々木アキラ氏に製作してもらったブラケット照明も、その落着き場所を得て、誇らしげに灯る。

街路から、見える階段。
光が外へこぼれる。
蹴込み板の透かし、文字どおり“血の滲んだ”手摺、わずかに緑が“挿した”白い壁、足元をほのかに照らす間接照明、竹で包まれた鉄骨の手摺立て子。
単純だが情報量は多い……。

はやく見学会をやりたいが、今保健所との旅館業法の折衝中なので、落着いた年明けくらいに見学会やるつもりです。

“夕方、日が暮れたくらいからはじまるオープンハウス”というのを、やってみたい。

遠い海の向こうから、成田に着いて、不安いっぱいで上野から、浅草に着いた
そんな気分で建物を感じてもらいたい。
▲top

  2005年12月9日(金) ボーナス
久しぶりに渋谷区役所へ。
建物が建つか否かの確認。

エレベーターで、今半のおべんとうを抱えた出前の兄ちゃんと同乗。
区長室のある4階で兄ちゃんは降りる……。
こんな御時世なのに、なんとも優雅なこと。
公務員さんのボーナスの日だからだろうか……。
まあ、誰が何を食べようが勝手だが。

そんな光景を垣間見ることができるので、OCMは役所を好む。
これまで民間検査機関というものに食指を動かしたことはない。
ちょっとマゾっぽいといえばマゾっぽい。

建築課の窓口にて
「あっ、これ建ちませんね……」と言われる。
「え“〜〜〜」と建築家

がぜん、やる気が沸いてくる
▲top

  2005年12月8日(木) 朝の顔
朝から「浅草の旅館」現場へ。
冬の、午前の、きりりとした光を浴び、くっきりとその陰翳を表していた。

旅人が訪れる夜の行灯的な表情と
朝の彫り深い表情
簡単な図と地の反転が、つくりだす二つの表情

楽しみだ。
▲top

  2005年12月4日(日) 哲
思い立って、中野の哲学堂へ向かう。
井上圓了という「クライアント」にも興味を持っているが、設計者の武田五一にも興味があったので。

建物や庭、石造、門などにいちいち「唯心庭、宇宙館、主観亭……」などと名前がつけてあって、思わず愛おしくてあっけにとられた。

建物の保存状態が悪いせいか、なんともサンクチュアリ的な雰囲気は形成されておらず、クライアントの鼻息とは裏腹に、安っぽい哲学テーマパークみたいな感じがした。
でも、キライではない、そういうの。

そこから、歩こうと思っていたが、冷たい冬の小雨が降って来たので、憧れの中野ブロードウェ−へ向かう。

廊下にはメイドの格好をした女の子がうろうろしており、なるほど、ここはオタクの聖地だな……ということを認識した。

冥土カフェなら行ってみたいが、粋な土産を持って。
▲top

  2005年12月3日(土) 箱
VDI出講。卒業設計がはじまった。住空間建築ゼミ。
今日はDVDを観て、脳をかき回してもらう。

「ジャン・ヌーベル、R・ロジャース、レンゾ・ピアノ、ピーター・ズントー、ル・コルビュジェ、リベンスキンド、カラトラバ」

2回に分けようと思っていたが、一気に観る。
学生より、ワタクシめの方がのめり込んでいたかもしれない。

様々な建築と、それぞれの建築家の考え方の相違。

              §

午後、10年来の悪友であるインテリアデザイナーY君が事務所を訪れ、「家を建てる」相談を受ける。

はじめは「シンプルな箱でいいんです」と言っていたが、ワタクシめが「シンプルな箱はいやじゃ、それは僕の仕事ではない」とハッキリ言って、そこからお互いアイデアを出す。

どうなるかわからないが、おもしろくなりそうだ。
▲top

  2005年12月2日(金) ニッポン
「浅草の旅館」竣工直前。
足場がとれ、その姿をあらわした。

建蔽率80%いっぱいの都市型建築において、いかにニッポンを表現できるか、がテーマ。

京都とは違うニッポン的な何か。
あずま武士風の何か。
歓楽街的浅草のニッポンとは。
それは格子の太さや、京より持ち込まれた情報の歪み方によって表現される。

              §

現場からのかえり、いつもと違う道を歩く。

元浅草、蔵前、三筋、浅草橋、東神田、横山、箱崎、新川、入船、八丁堀、新富、築地……。
ハナマサで牛筋を700g買って、新橋で餃子を食べて電車に乗る。
▲top

  2005年12月1日(木) バッシング
せっかく病院通い&病院観察が楽しくなってきたのに、先日、抜糸(220円)をされて、これでもう来なくてもいい、と言われた。

なんとも治りのはやいこと。

12月、今年5件めの竣工(浅草の旅館)をうまく終えられれば、今年は例年になくおだやかな年末を迎えられそうだ。

いつも「見積もりが納まらない」とか「図面の書き直し」とかがあって、焦燥感あふれるまま年末・年始を迎えていた。

しかし、まだ予断を許さない。
▲top
 
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-7-2 エビスオークビル2-33 TEL/FAX 03-3441-3499 E-mail oshima@ocm2000.com
Copyright (C) OCM一級建築士事務所 All rights reserved.