OCM一級建築士事務所
 

2005年09月


  2005年9月30日(金) ポムさん
朝から「久我山の家」に顔をだし、昼、昼飯も食べずにジャンクな晩飯のしこみ。
そのまま「浅草の旅館」現場へ向かう。

晩、ポム企画×建築ツウ、はじめての接触。
いよいよ「ネタ建築学会」結成か!
プロモーターは最近康芳夫的な雰囲気を持ちはじめたO編集長。

モノ書きのこと、建築界のこと、出版界のこと、新しい企画のことなどを夜更けすぎまで語り合う。
一滴もお酒を嗜まれないポムさんは、我々の暴飲ぶりに、少々めんくらっていた模様。

何かこう、引っ掛かっていたものが、ひとつとれた感じ。
次へ進める。
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  2005年9月29日(木) 特別時事ネタ(号外)
タイガースが優勝した。

読売はキライだが、東京は好きなので、ヨシノブの、この、胴上げをみつめる読売生え抜きの表情に期待する。

ローズやキヨハラにはないもの……。

読売にがんばってもらわねば、このインターネット時代であっても、東京でタイガースの情報を得ることは、かなり難しいのだ……。
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  2005年9月28日(水) 3
マジック3だというのに、東京のテレビでは野球中継すらしていない。
東京において、読売が終われば、野球は終わるとつくづく感じる。
もうダメだ。J-WAVEをやめてAMラジオ派にならねば……。

聖と俗、その中間はない……という中世的状況を自らの中につくりださんがための20年間。

「思考の始まりは、意見の不一致にある。他者だけでなく、自分自身との不一致である。」
エリック・ホッファー/著述家・沖仲仕
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  2005年9月27日(火) 虎
昨晩、“インテリアディレクター”の佐々木アキラ氏と、照明器具などについての打合せ。雑談の中から、手堅いイメージがかたまっていく。

午後、「鵠沼の家」現場。
現場監督の右腕には読売のリストバンドが悲しげにはめられていた。
「監督、すまん、今週タイガース優勝だ……」といやみを言っていじめる。

「鵠沼の家」は施主も建築家も「ラインバック、ブリーデン、遠井、江夏、田淵……」くらいからのコアなファンなので、申し訳ない。

しかし、隔年で優勝されると、はっきりいってタイガースファンとしては複雑な心境。特に東京にいると、メディアから流れる読売の悲しい情報があまりにもおもしろすぎて、そっちにくぎづけ。

昨日、「タイガースビールかけTシャツ」をネットで注文した。もちろん絵柄はシークレット。優勝とともに送られてくるらしい。

せめてもの経済効果。
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  2005年9月25日(日) HIERONYMUS BOSCH
ユイスマンス(1848-1907)、ギュスターヴ・モロー(1826-1898)、シャルル・ガルニエ(1825-98)……

と、19世紀のフランスの文化的状況を生没年をながめながら思索する……

イギリスのサー・ジョン・ソーンやジョン・ナッシュもからめたかったが、それぞれ(1753-1837)(1752-1835)と、少し世代が上だった。

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先日東急文化村に行った時、ヒエロニムス・ボッシュのフィギュアがあって、びっくりして、食い入るように眺め、なかなかその場を立ち去れなかった。

フィギュアなんてものに興味はないが、なにしろボッシュである……。子供の頃絵をみて、潜在意識の中にずっといつづける不思議なやつらが、目の前にフィギュアになって、こっちをみている。

不思議なことはあるもんだ。
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  2005年9月24日(土) tortional
夜「ある妹島和世建築の中に、ガラスを置くための棚をつくる計画案」をプレゼンテーションした。

初回案は「好きに提案させてくれ」とお願いし、このような「二円弧の交差によるねじれ」をつかって案とした。妹島建築にはない“ギトギトしたいやらしさ、濡れた感じ”を出したかった。

施主はもう57回くらい一緒に酒を飲んでいる仲なので、基本的にはすべてを見すかされている。が、その予想を絶対に裏切りたかった。

「うん、正直こういうの出てくると思わなかった……」の一言いただいた。よし。

「で、いやガラス入れるの1.8mくらいあればいいんだけど……」
「ちっちぇ!そんなんでいいの??」
ということで、そこからやっと打ち合わせ。2案目の検討開始。

おっと……妹島和世ファンの方はちょっとショックかも……

これからのOCM的新プロジェクトは
「建築家住宅をリフォームします」です。
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  2005年9月23日(金) 鳥居
朝から執筆。「鳥居」「お金持ちっぽくみえる」などについて書く。

午後、様々なスケッチ・図面を手描きでどんどん進める。

コピー&ペーストの必要のないものは、手描きの方が早いし、精神衛生上よい。
基本的には書き込み寸法なので、数値のmm単位の入力、という無意味な作業から開放される。

我々の描いている図面は、そのままレーザーカッターに入力されて建物ができるわけではないので、本来mm単位での入力は無意味なのだ。

というか、コンピューターの前に座っているということに最近違和感を感じはじめた。
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  2005年9月22日(木) オール電化最終兵器=七輪
6時に仕事を終える。
ヴェランダで一尾88円のプリプリしたサンマを、珪藻土でできた七輪で焼く。

最後には、炎がたちのぼる。危険。
エビスで、コレをやると、警察や消防が来る、クワバラ、クワバラ……

OCMの住宅には、素敵な中庭やヴェランダの“七輪空間”があります。
この連休、オトーサン、七輪で、是非サンマを焼いて下さい。
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  2005年9月21日(水) EXCURSION
学生をひきつれ、「浅草の旅館」現場見学。
工事の最中は、なかなか何もピンと来ないだろうが、まあ、現場の空気感だけでも味わえばそれでいいのではないだろうか。

しかし勘のいい学生はきっと、そこに“空間の素”みたいなものを感じられたことだろう。

その後、合羽橋と浅草寺周辺を散策する。

海外ではこれをEXCURSION(エクスカーション=遠足みたいなもの)といい、特に建築学科などでは重要視されている授業のひとつ。

東京にいることも、日々の散歩もEXCURSIONであると考えている僕からすれば、ちょっとでも学生に街を歩いてもらいたいという気持ちでいっぱいである。

案外、若い人は歩かない。先日、新宿から歩いてOZONEへ行こうとしたら学生に「え〜信じらンない!バス乗らないんですか!」と言われ、びっくりした……。
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  2005年9月20日(火) モロー
午後「久我山の家」。
発注されていたテーブルを納品に行く、アイアン・グレイ浅井氏と供に。

ちょっとSTUDIO KAZっぽい作風になっているが、それはそれで光栄である……。
“建築の人間”としては、その空間に合っていることが第一。

井の頭線で神泉まで出て、そのまま「ギュスターヴ・モロー展」を文化村で観る。

学生のみなさん。「イサム・ノグチ展」より、こちら「ギュスターヴ・モロー展」をみた方がいい……。

イサム・ノグチはすばらしい人だが、そう、もう、ちょっと消費されすぎ……、
次ぎ、貴女達は次の20年後を見据えなきゃいけないですよ!それにはやっぱ「ギュスターヴ・モロー」ですね。

急げ!。

もちろんユイスマンスの「さかしま」の中では、「ギュスターヴ・モロー」はべたほめされている。象徴主義だとか、ロマン主義の延長だとか、その後のシュル・レアリスムに影響を与えただとか、何とかかんとか言われているが、モローはモロー。

あなたの眼で確かめて下さい。   強烈ですから……。 モダニズム、モダニズムって言ってる人に、その前夜、何があったか知っている人がいかに少ないことか……。悲しむべき21世紀ですね……、だから、モローを観ましょう。


モロー、世代としては、そうですねル・コルビュジェのお父さんぐらいの世代でしょうか。
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  2005年9月19日(月) 屋外授業
本日は朝からVDIの「一日体験セミナー」へ出講。
アーティストの吉水浩氏とペアを組んで授業をするという初の試み。

状景は吉水氏の日記に克明に描かれているので、参照していただきたい。

吉水氏とは講師仲間といいつつ、実はこれまで直接的には何にも関係がなかった(笑)。ただ、いつも廊下ですれ違っていて、コイツおもろいな……ということで、飲み友達になっただけだ。

今回はある意味「人の授業」をみることができるので、とても興味深かった。

また建築家はアーティストに嫉妬し、アーティストも建築家にただならぬライバル心を持っているので、日々言葉の端々に挑発的なそれがあらわれ、刺激しあっている。

授業内容は、名作イスを西郷山公園に持ち出し、撮影し、雑誌の表紙をつくるというもの。

写真は僕の「作品」。
大の字にキモチ良さそうに寝そべるオヤジの形象と、柳宗理のイスとを重ね合わせ、イスにも日光浴をしてもらったもの。
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  2005年9月18日(日) 十五夜と文章
朝、惰眠をむさぼる。起きてみると、天気が良い!
さあ、出発だ!……いや、もとい……「さあ、執筆だ!」と事務所に籠る。

11月に創刊されるインテリア・建築系雑誌の文章。
「東京、熱海、京都」について。

写真は渡辺慎一氏(旧姓:相原核弾頭)、編集はO編集長、アートディレクションは美澤修氏、というものすごく強烈な創造力のエゴ(笑)の中での文章。

まずは「東京」を書きあげ、近所にマグロ丼を食べに行く、つぎに「熱海」を仕上げてからインスタントの沖縄ソバを食べる。次に「京都」を書き上げ、もう日が暮れているので、キャプテン・モルガンの甘さに逃避、脳の糖分を補う。

本当に、脳を使うと、ハラが減るのだ……。

というか、文章素晴しい出来。渡辺氏の写真とのコラボレーション、がとても楽しみ。打上げも楽しみ。

今日は十五夜だということを思い出し、ヴェランダから外をのぞくと、奇跡的にビルの谷間から満月が……。それではなんだろうということで、50歩くらい散歩してタコ公園から、パシャリとカメラにおさめる。
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  2005年9月17日(土) 青い脳
朝起き抜けに、まだ青い脳のまま、「浅草の旅館」の記念スタンプのデザインを思いついたので、一気に仕上げる。

午後「久我山の家」。残工事の具合などについて、確認。
再度、監理者としての役割、施主さんいわく「バッファー」として機能してもらいたいという旨を肝に命じる。

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いろんな方から「最近日記が滞ってますね……」と御指摘をいただく。
こんなサービス精神旺盛な大島でも、書けない時は、書けないのだ。

だいたい仕事で人に迷惑かけてるな……ってのがずっとつづくと、もうかけない。
結局はちっぽけな人間だ。

涼しくなったし、前にむいていくパワーが沸いてきたので、これからバンバンいきまっせ!

しかし、浮浪者の写真と廃墟の写真じゃ、富裕層の仕事とれねいよなって自分でもわかっている……。

でも、愛おしいものしか写真には撮れない。
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  2005年9月17日(土) SUS
夕方、目黒のアイアングレイさんへ向かう。

注文していたテーブルのステンレス脚の様子をうかがいに、かつ届いたウォールナット集成材天板の面取りとオイル塗布を、工場の脇でこっそりさせてもらう。

家具、通常は業者に○投げなのだろうが、今は自分で素材と対峙する時期だと考えている。ビジネスなんてことはもっと先の話だな……。
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  2005年9月16日(金) 東洋
「浅草の旅館」の室名サインのデザインなどを考え、一気にフィニッシュ。
本来アート・ディレクターかグラフィック・デザイナーの仕事だが、こんな楽しいこと、人に手渡したくない。「そんなことやってる時間ナイ……」というエクスキューズから逃れるため、半年前から仕事を調整している。

室名は「月、富士、桜」……。もちろん“ベタ”を承知の上だが、僕は「遅れてきたポストモダニスト」なので、全然違和感なし。

東洋のスカジャンの世界を頭にめぐらせる、って建築家、なかなかいない。

しかし、コレ、基本的にはニッポンに進駐したアメリカのお土産なのであって、よく考えるとニッポン人が着ているのは滑稽である。が、いいではないか。
「IWO JIMA!」って書かれてて、若者が「何なのだろう……」と不思議がり、おじいさんに教えてもらえばいいのだ。

午後、「浅草の旅館」現場。第三者機関の検査。
なんだか最近は検査ばかりだな……。
アートとかリフォームは検査がなくていいですね(ひがみ)。

写真:銅板が葺き上がる。エイジングってのは商業っぽくて好きではないが、硫酸ではなく“醤油”をかけて、少し酸化をすすめてみることにする。
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  2005年9月15日(木) FEEDER
涼しい。

深夜のテレビにUKのバンドFEEDERが出ていた。
スリーピースで、ベースが37才のニッポン人タカ・ヒロセ。
かっこいいと思った。
だいたい、“何かをやっている”人間はかっこいい。

ドラマーが自殺してしまった話のところで感極まるまじめなやつ。
すでにロックは子供の音楽ではない、とつくずく感じる。
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  2005年9月14日(水) JAZZ
晩、TIME&STYLEのジャズコンサートに招かれ、八雲のショップへ行く。
インダストリアルな雰囲気のするショップ空間、節度あるおしゃれなインテリアと、ジャズとワイン。

ジャズは「CARSTEN DAHL」というピアノトリオ。

ジャズのコンサートに行くのは何年ぶりだろうか……。
久しぶりに脳に沁み入る。

若い頃、一度ロックを聞くことをやめ、ジャズにのめりこんだ。
僕にとってジャズはそのころの思い出がまとわりついている。

マイルス・デイビスやソニー・ロリンズ、マッコイ・タイナー、ディジー・ガレスビーが最後の輝きを放っているころで、彼らの生音を聞けたということは、今となっては貴重な経験に違いない。

家に戻ってMILESTONE やALL BLUESを聴き直す。

当時の日記より……1987年12月17日(木)22才

「JAZZ を聴き、映画を観て、本を読み、その間に製図をし、建築のことを考える。十分すぎる。これ以外のことがボクの生活の中に入ってくるとは思えない。
そしてその隙間を埋めるように酒を飲む。
ボクに不足しているのは記憶である。」
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  2005年9月11日(日) 山
午後、鵠沼海岸へ。
施主と一緒にできたばかりの屋根にのぼり、「ホ−」と言う。
「山登りみたいやな〜」と施主。

「江ノ島が一望でき、海も少しみえる」と、下にいた御夫人に伝える。

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日記をかく意欲が沸かないが、細々とつづけようと思う。
獄中にいようが本来妄想するぐらいの権利・自由はあるだろう。

どんどん、業務報告的ではなく、妄想的な日記にしていく。

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ポム企画さんがタモリ倶楽部をみていたようだ。
本来、あの役割はポム企画さんの方が適役だったかもしれないな……。
しかし、したたかに準レギュラーねらいます(笑)

ポムさんなら、きっとこう言うだろう。
「学会賞よりタモリ倶楽部」
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  2005年9月10日(土) 水・放心
午前「梶ヶ谷の家」へ向かう。
昨年に引き続き、瞬間的な豪雨時に、土間に雨水が流入する問題。
よかれと思ってやった玄関スロープをなくし、階段へと変更する工事の打合せ。

工事現場でも。
「鵠沼の家」若干、下地材を濡らし、乾き損ねたので、取り替え。
「浅草の旅館」塔頂部からの雨が階段をつたって、1階へ。木下地を濡らしてしまったので、取り替え。

「久我山の家」残工事に対する監理不足のため施主に迷惑をかけている。

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すべてが水の原因ではないが、夕方プールに行って、もやもやを流し、クリアな脳にして「ちゃんとやらねば……」といいきかせる。

夜、写真家の渡辺慎一氏とアシスタントさん来所。アシスタントさんは徳島の大学生なので、3週間の研修期間を終え、徳島に戻る。その送別会。

やっと、長い夏が終わったような気がする。

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※ 昨晩放映の「タモリ倶楽部」。様々な方から反響をいただき、感謝。
「建築」というものを、もっと等身大のところまでひきずりおろし、サブカルチャーの域にまで達しめんがための活動の一環。
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  2005年9月8日(木) 鳥
夏休みが終わり、昨日、今日とバンタンデザイン研究所(VDI)インテリア学部の授業がはじまった。
さわやかPOPEYE少年風に言えば「BACK TO CAMPUS」ってところだ。

一応緊張しながらも、なんとか新しい授業をスタートさせることができた。

またまた「9坪ハウス」の授業。
まず学生に、自分と家にまつわるはなしを紙芝居のように語ってもらう。
彼らは1985年生まれ前後。


不思議なことに何人かは「小中の頃、家の記憶がない……」って語った。

その一人は
「小さな鳥をかってもらって、その鳥と遊んでいたことしか記憶にありません」と。
「なんでだろう……」と、すこし突っ込んできいてみると
「え〜言っていいですか、私泣いちゃうかもしれまんが……」と学生。
すでに目には涙がたまっている。他の学生は
「え〜先生やめときなよ〜」と、しかし講師曰く
「言ってみな……」と。

「お父さんが死んでいなかったんです。家族のことは好きだけど、お母さんが知らない人を連れてきていて、一緒に住んでたんです……」

「何度も引越ししましたが、今の家が一番好きです。せまいけど、その人いなくなって、やっと家族3人で暮らせるようになったんで、今とっても好きです……」

その学生は、クラスで一番快活で、声も大きい。
そんな人も、子供のころは心を閉ざしていた……、だから記憶がない。

家に、一体何ができるのだろう……と、自問自答。
かつ、それをみんなで考える授業。
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  2005年9月8日(木) 団地
つづき

また、他の学生は

「中学まで団地に住んでいたので、せまくて、親と川の字で寝ていました。家に帰っても、自分の部屋とかないんで、いつも食卓に集まって、団らん?っていうんですか、していたような気がします。何でも話をしていました。

その後事情があって、親の実家、広い一軒家で生活するようになりました。別に親と仲が悪いとか、反抗期とかそういうのは全くなかったんですけど、ついつい玄関入ってすぐ階段登って、自分の部屋に行ってしまうのです。

とうぜん、なんだかなにげなく家族が集まってだんらんするってことが、少なくなってきました。」

と、その学生は、今住んでいる広い一軒家の間取りではなく、2DKのせまい団地の間取りを、愛おしそうに思い出して、ていねいに、ていねいに描いている。

我々オトナが一義的に、“団地(マンション)より一軒家の方がえらい”なんて、もし思っているとしたら、それはまったくもって勘違いはなはだしいことだと確信する。
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  2005年9月6日(火) 夢追い屋
朝から、原寸施工図など作成。

午後「鵠沼の家」現場。
市役所の人が来て、中間検査を行うが、難無く合格。

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建築家荒木毅氏のブログ「夢の中の景色」が秀逸。
人の夢なのに、グググッと引込まれる。

1993年(28才)頃、僕も夢の記述をよく試みていた。
ちょっとパラパラとめくってみた。やはりグイグイ引込まれる。
自分の夢も、人の夢もそんなに大差なく楽しむことができることに気付いた。

1993年5月23日(日)
「直径2mくらいのご飯の上に風船やみかんがまぶしてある」



普段、仕事以外で撮る写真(この日記の写真など……)は、おそらく、夢の中の光景を探し出しているのかもしれないということにも気付いた。
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  2005年9月5日(月) 国民総ヤマンバ化
午前、知人のファッションデザイナーから連絡があり、青山に新しく店を出すための物件を見に行く。

午後執筆、2編書き上げる。「建築家と政治家」「建築家と芸術家」などについて。

夕方、各プロジェクト滞りがちな部分にアブラを注す。

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湿気のせいか短髪なのに、クセっ毛が気になったので、切りに行く。
前切ってから2週間ちょっと……。お店の人に「もう来たの?」と苦笑いされる。

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昨日、ふと妄想したこと。
メールなどの絵文字というやつは、実はすごいことで、新しいニッポンの文字が今まさに出現しつつあるのかもしれない……ということ。

もしくは象形文字への逆行。
「建築ツウへの道」p28で予言した「ニューアニミズム的風潮」「国民総ヤマンバ化」が現実のものになろうとしている。

乗り遅れないようにしなければ……。
「前衛的な建築論を絵文字で語る……」といった試みも「建築ツウ」的には必要なのかもしれない……。
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  2005年9月4日(日) 熱海再訪
昨日より某雑誌の撮影取材で熱海へ出張。
「建築ツウ」として熱海の不思議な建築・街並をナヴィゲートするため随行した。

前回より、より深い熱海を知ることとなる。

昔、新婚旅行のメッカであったことはうなずける。
街全体に漂うウラビレたラヴリーさ。

今度はプライヴェートでのんびり行ってみたい。
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  2005年9月1日(木) 模型展@ozone
「OZONEハウジングコンシェルジュ2005〜建築家とつくる住まい〜」展
開催中。
100名の建築家による模型とパネル展示は圧巻。
OCMは「中庭のある家(逗子の家)」を出展しています。9/27まで。
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  2005年9月1日(木) 審美
朝から江古田→恵比寿→藤沢市役所→鵠沼海岸現場→浅草現場……とMOVE ON。

写真は「鵠沼の家」の屋根。
湘南の残暑の中、反射率の高いガルバリウム鋼板の上で作業する板金屋さん。

素晴らしい!美しい!

え〜だいたい建築家というものは造形に根拠を必要とする、と思いこんでいる。
一種の病気だ。

しかし、それが根拠や理屈や計算を越えたところへ着地させねば、たんなる技術者だ。

この屋根を実際に確認した瞬間「え〜南の方へ向かって、素直に光を採り込むために、このようなカタチをして……」と施主に説明したことや、工務店に「これは2次的な下地の構成で3次曲面をつくるという……」といった説明はどこかへふっとんでいく。

「美しいか、美しくないか」「かっこいいか、かっこよくないか」
最終的な興味はそれだけ……。

その判断能力は一体どうやって形成されるのかわからないが、アーティスト吉水浩氏の日記をみていると、なんだか少し判るような気がする。
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