OCM一級建築士事務所
 

2005年08月


  2005年8月31日(水) プロマイド
各所とGET IN TOUCH WITHな一日。
八月に終わらせるはずだったことが、山ほど残り、茫然……とするが、自失することはない。結局地道にやるしかないことはわかっている。

たまに学生たちに
「本当にセンセ−のやってることって、地味ですね〜」と言われる。
返す言葉なし。
格好わるいので「地道に、キッチリ、コツコツ積み重ねろ!」とは学生に言ったことがない。
そんな人生、あまり人に勧めたくない。
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  2005年8月30日(火) 出講
昨日と本日、朝から夕方までVDIの夏期講習に出講。
基礎科学生に模型の作り方を講議。

日々多様な出来事に満ちあふれているので、この日記、更新がおぼつかない。
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  2005年8月26日(金) 現場監理
午後、藤沢市役所へ。中間検査の申込み。

記載されている通りの書類を揃えて行ったが
「委任状がない。確認申請の委任状には確認申請の委任しか表記されていないのでもう一枚必要だ。」とのこと。

(どこの世界に委任されてないのに中間検査申し込む奴がいるか……)
とプリプリしながら「鵠沼の家」現場へ……。

ガルバリウムの屋根が貼られつつある。
T=0.35だが思ったよりも“べこり”がない。
いくつかの宿題を確認して現場を後にする。


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  2005年8月26日(金) 沿岸警備
海へ。
恒例の沿岸警備。
波の状況を把握し、施主にメールで送る。
「鵠沼海岸」から、「片瀬江ノ島」まで歩き、電車の人となる。

車中、まだユイスマンスの「さかしま」を読んでいる。
澁澤龍彦の日本語訳が美しく、なんどもなんども同じ場所で滞留している。

ボクの読書の仕方は、そんな感じだ。
“美しい言葉の中に、滞留していたい”だけなのだ。
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  2005年8月23日(火) シール
朝から執筆。「昭和って……」「女性建築家……」などについて書く。

午後、上野へ、台東区役所。
中間検査に合格したので「シール」をもらいにいく。
「シールかよ!」とつっこみたくなるが、シールなのだ……。
シールの値段は¥11,000-
そのまま「浅草の旅館」現場へ。

蒸し蒸しした空気の中、銀座の「トミタ」へ壁紙をみにいく。

壁紙はめったに使わないが、たまにみるとおもしろい。
「久我山の家」のパウダールームと「浅草の旅館」の座敷きの腰貼を物色。
いくつかサンプルをもらい、銀座をあとにする。

竹葉亭のショーウィンドーをのぞきこみ、「ほろ酔いセット」なるメニューと眼があってしまった。

入らなかったが、早く家に帰って同じものをつくろうと足早に……。
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  2005年8月22日(月) ジャンと花と蝶(抒情編)
朝から執筆。「建築学科って……」「なぜ薄く、軽く、細くするのか」などについて書く。
午後、施工図のチェックなど。

先日収録したテレビ番組はテレビ朝日の長寿番組「タモリ倶楽部」です。
夕方、制作会社の方が事務所風景を撮影に来られた時、ランドスケープ・デザイナーの石川初さんも以前出演されたと聞いて、びっくりした。
先を越された(笑)。

昨今のタモリ氏の地形、地図、建設好きが反映されていておもしろい。

石川氏のウェブ・ログをのぞくと(3/7のところ)、収録に関してボクと“まったく同じ”感銘をうけていたようで、それもびっくりした。

建築にどっぷりつかっているが、教育や出版、放送、音楽などの業界の仕事ップリをみると素直に、すごいな〜と思える。

晩、卒業生や先生方が渋谷に集まり旧交を深める。

関係ないが、今日、ふと どんと(ボガンボス)の「橋の下」という歌の歌詞が頭をよぎった。

川なんか見たことないのに
分かっているよと橋を行く
橋なんか用がないから
今日もここで二人だけ
お花が咲けば元気になるよ
明日も来るね 橋の下
何にもないけど橋の下
何にもないけど橋の下

字面にしてみると、涙が出る。


※「タモリ倶楽部」9月9日(金)24:15〜24:45放映の予定です。
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  2005年8月21日(日) 天壌無窮
日の出桟橋から船に乗り、隅田川を上る。
いくつもの橋をくぐり、いつもと違う角度から東京を偵察。

“天壌無窮”という言葉について考える……。

宙を舞う花屋敷のハウスをみて、妄想と戯れる。
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  2005年8月20日(土) テレビ収録
朝から某テレビ番組の収録へ参加する。
都内の工事現場をまわり、ボクが解説するというもの。

炎天下、テレビ製作のすごさを身をもって実感する。
午に開放されるが、しばし放心。

「建築ツウ」的街歩き、というのもボクの仕事になりつつあるようだ……。

※情報を提供していただいた皆様に御礼申し上げます。
放映日程などきまりましたら通知します。
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  2005年8月19日(金) 白
本日より、各建設現場、動き始める。

「久我山の家」へ。
残ってしまった工事や、不具合の対処や、追加工事の確認など……。

アプローチ、床に白モルタル+珪砂を混ぜたものが塗られ、晩夏の西日に眩しく照らされている。

素敵だ。
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  2005年8月15日(月) 終戦
炎天下歩行教練。

大崎から歩く。

御殿山を登り、原美術館は休みなので脇を抜け、高輪、高輪プリンス、村野藤吾のニュー高輪プリンスのロビー空間や、中庭、茶屋をうろうろしつつ、泉岳寺から日本一低い天井高さh=1500のトンネルを抜け、運河沿いを歩く。芝浦へ抜けレインボーブリッジを渡ろうと思ったが休業(?)だったので、日の出桟橋の方へ。

売店でガスマスクが売っていた。
伊豆七島行きの船に誘惑されるが、乗らずに浜離宮へ。

浜離宮のベンチで「さかしま」を読みながら、ジャン・ヌーベルらの超高層ビル群と、汐入り池の中島の茶屋とを対比させ、その表象を愛でる。

この中島の茶屋も、空襲で焼けたという。
よくまあこんな池の真ん中の茶屋を攻撃したもんだ……。クレイジーだな。

新橋で黒川のカプセルホテルに挨拶し、ニュー新橋ビルの中を徘徊。

王将で、餃子を食べ、電車に乗り帰途につく。
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  2005年8月13日(土) 竣工
朝から「久我山の家」引渡し。
若干の工事を残し、ボクはまだ終わった感がないのだが、世は盆休みに突入してしまうため、しばし頭の整理をする期間と考える。

午後、若干の人に声をかけ、内覧していただく。


建築家の荒木毅さんにもおこしいただいた。
先に帰られたのだが電話があり「吉祥寺にいる、今日は何時から飲むのですか?」と。

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  2005年8月13日(土) 次へ……
久しぶりなので、悪友の誘惑を振り切り、吉祥寺で荒木さんと飲む。いつも「オーシマ君はしゃべりすぎる、うるさい」と言われるので、今日はちゃんと荒木さんの話を聞くように心掛ける。
その後建築家の岡田彩子さんも少しだけ合流され、華やかに。

荒木さんからは「工期内に工事が終わらなかったこと」や「予算に納まらなかったこと」などの僕の弱音に対し、強気の御意見をいただき、少しだけ勇気がでる。

また建築の構成や表現的なことに対して、お互いの向かっている方向の違いなどについて議論した。しかし、施主層やコスト、規模など、建築的な土壌は同じところにいることも確認。

竣工時の疲れを、次ナル建築的欲望へと置き変えることができたような気がする。

写真:アプローチ部分。学生に「上の横棒は何か意味あるんすか?」と聞かれる。
講師曰く「何も感じないか?自分で感じなさい」と、つきはなす。

ボクの頭の中には、昔お台場にあったダニエル・ビュレンのストライプの作品が、おそらく参照されている。
もしくは、お稲荷さんなどの鳥居の連続性も、同等の意味性を持っていると考えている。
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  2005年8月12日(金) 塗布&ブ・モジャコ
朝から「久我山の家」。
ツナギに着替え、木部にオイルを塗布する。

「設計終了→見積→予算超過→減額案→木部塗装削除→別途OCM工事→そして今日」

明快だ。

大汗をかき、夕方には両足がつっていた……。

         §

夜、ボロボロのからだをひきずり。高円寺のライブハウス20000Vへ。
友人のバンド「ブ・モジャコ」を聴きに、見に。

脳髄をやられつつ、エビスに無事帰還。
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  2005年8月11日(木) 検査と一瞬
朝から「浅草の旅館」現場。

午前中は第三者検査機関の検査。
午後は区役所の検査。区役所の人が自転車でキコキコこられていたのが印象的。

本来、監理者は検査する側の人間のはずだが、昨今完全に検査される側の人間になっていることに気付く。

何が違うのか、一言で言えば心理状態ですね。
しかし、実質的な監理はもちろん設計者にしかできない。

設計の意図がまちがっていないかどうかも、意匠屋としての立派な検査だ。
写真は、瞑想室(仮称)から屋上越しにみえる風景。東本願寺の巨大すぎる甍を借景にしていることが、確認できた。
「隣に建物が立ったら、みえなくなるじゃないですか?」
いや、たとえ一時でもかまわないし、借景がなくても成立する空間にもちろんなっている。むしろそういった建物の潜在能力が重要だと考えている。

インスタレーション的な考え方もできる。何十年と建ち続ける建物のたった一日だけしかない風景、借景でも、価値はあると思う。

毎日毎日が、二度と同じでない一瞬の積み重ねで成立していると考えれば、何となくわかっていただけるでしょう。

昨日はもうない、じゃ、昨日に意味はないのか?そんなことない。
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  2005年8月11日(木) 「建築ツウ」新キャラ開発
夜、乃木坂へ。新しい本の表紙の打合せ。
「建築ツウ」新キャラの開発。スパイダーマン、スーパーマン……いやバットマンだ……“つの”がないとちょっと……などといった楽しい会議。

今回はCDジャケットなどで活躍しているアートディレクターの多田氏を起用。
僕の中にまったくない世界を“表出”させてくれることを期待している。

その後O編集長と渋谷にくり出す。
酔余漫筆にポロッと書いた一言が新たな企画につながったり……人生はおもしろい。

鬼才 渡辺慎一殿、新しい仕事が発生しましたので、よろしくお願い致します。
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  2005年8月10日(水) さかしま
朝「浅草の旅館」現場。
打合わせ後、区役所へ行き、中間検査の申し込み。

鉄筋、鉄骨、コンクリート、溶接、などについてのミルシートや検査報告書など大量の資料提出が必要、ほとんど事務屋と化している……。

区役所で、大量の牛肉が入ったビーフカレーをかっ食らふ。

猛暑の中、車中、澁澤龍彦訳/ユイスマンの「さかしま」を読みながら、気分がよくなり夢の世界へ……。つかのまの白日夢。

午後、「久我山の家」現場。もう完成していなければならないが、まだできていない……。かつ、いくつかの修正箇所……。

竣工間際は、一時のワクワク感は減少し、実はほとんど卒倒しそうな気分でいつも現場にいる。
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  2005年8月9日(火) OCM見学会のお知らせ。
「(杉並区)久我山の家」見学会

日時:8月13日(土)13:00〜17:00

対象:
1) OCMでの住宅設計を御検討中の方
2) 雑誌などメディア関係の方
3) 「建築ツウ」「酔余漫筆」“愛読者”の方

予約制ですので「住所・氏名・年令・動機」を御記入の上メールにてお問い合わせ下さい。おって詳細をお知らせ致します。
Oshima@ocm2000.com
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  2005年8月9日(火) 「久我山の家」
旗竿敷地に建つ中庭のある家です。

「ハワイに住む日系人……少しニュヨークのビリー・ジョエルっぽい都会っぽさが感じられて……アーモンド・オーレ色の壁……プールがあって……」といった施主からの要望と、「小屋組を現し……ハス(斜め・隅切り)によって空間を構成し……各所に柔らかい光を感じ……重層的な毛深い空間を……」といったOCMからの提案がどのように融合したのかをポイントに御堪能下さい。

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  2005年8月9日(火) 「久我山の家」
めったに見学会やりませんので、お見逃しなく。

施工:真利建築(まりけんちく) 担当伊東氏

玄関引手:製作アイアングレイ
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  2005年8月8日(月) タウト
午から普請道楽N氏の指南により、熱海に遊ぶ。

目的は「旧日向別邸」、ブルーノ・タウト+渡辺仁設計の建物見学。
学生の頃一度訪れているので、自身としては18年振りであり、ちょっと感慨が深い。

奇妙キテレツなこの建築、「建築ツウ」にとってはたまらないシロモノ。
硬直した“モダニズム原理主義”に満ちあふれた現在の建築界において、今後「旧日向別邸」はますます重要な意味をもってくると思う。
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  2005年8月8日(月) 印
いろいろいっぱい書きたいことはあるが、やめておく。あからさまなネタの出し惜しみ(笑)。

9月の後半からは、一般に公開され、かつ現在藤森照信氏や鈴木博之氏などが研究会をつくり、重要文化財の指定を目指していると言う。

一ケ所に無造作に集められた、タウトデザインの家具の裏をのぞくと、タウト印発見!
超レア。
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  2005年8月8日(月) 起雲閣
その後、起雲閣を訪れる。
タウトの「紅い絹」の色と、起雲閣の「群青色(クラインブルーみたい)」の座敷が、脳を刺激する。

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  2005年8月8日(月) 混淆
それに附随した洋館にはこれまた度胆をぬかれた。
立派な温室風(コンサルヴァトリーか……)空間の横、暖炉のある洋風の居間は、安土桃山風の豪奢な折上げ天井に、よくみると中華の雷文やニッポンのカエル又、肘木、モザイクタイルなどが混在しためくるめく空間。

現在の建築界がいかに「プア」な状態にあるかということを知らしめている。
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  2005年8月8日(月) 熱海モダーン
その後N氏と別れ、熱海の坂を一人でぶらぶらとする。

街自体の廃墟化が確実に進んでいる。しかし、それは形象として「建築ツウ」に様々なことを訴えかける。

「熱海モダーン……」ふと、そんな言葉が口をついてでた。
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  2005年8月7日(日) 酔歩満喫
朝から、建築を消したがる建築家、と、うねうね建築についての文章2編仕上げる。

夕方、歩く。山手線外回り方向へ。

渋谷、裏原宿、明治神宮のふかふかした芝生でひと休みし、代々木、参宮橋のポニーに挨拶し、新宿、大久保の中古楽器屋で、Fenderのムスタングベースを捜し、ドブロギターのコピーにうろたえ、高田馬場でイソザキのアンフィシアターに敬礼。。。。

田んぼの真ん中で育ったので、基本的には繁華街が好きである。

写真は明治神宮からみたスカイスクレイパー「ドコモ」。
「建築ツウ」的には、とても潔いストレートな表現に好感を持つ。

ジグラッドみたいだし、サンダーバード※号みたいだし……

でも、これ、建築界的には「no」というかネグレクト なのである。
なんでしょうね、その“建築界”って!? 「新世界」みたいなもんでしょうか?!
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  2005年8月6日(土) 脳内試着
朝から「浅草の旅館」現場。
いよいよ鉄骨建て方の日。

シンプルな4本足の鉄骨造。
建ち現れたる鉄の骨組みに、建築家の脳内の想像絵巻物を次々に試着させてみる。

呉服屋さんで、反物を襟首のところにハスにあてがって、仕上がり具合を想像するときの、あの感じ。
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  2005年8月6日(土) 建築現場ツウ
拙著『建築ツウ的普請道楽のススメ』写真家渡辺慎一氏は、僕よりも早く現場に到着し、次々と組み上がっていく様をカメラに収めていた。

渡辺氏は相当の建築現場ツウのようで「あ、レッカー16tじゃないんだ10tだ……」とオタクぶりを発揮。

猛烈な日射しの中、どんな写真がとれたのか楽しみである。
さしずめOCM専属写真家か……。

“OCMの現場に入ることをゆるされた、ただ一人の男”といえば“マイケル・ジャクソン専属カメラマン”のようで聞こえはいいが、別に他に希望者がいるわけではない(笑)。

せいぜい将来暴露本でもだしていただけるように、僕ががんばらねば。
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  2005年8月5日(金) 台風8号
朝執筆。
午後「久我山の家」現場。最終調整。
せっかくここまでやってきたのだからと、より高いレベルの仕上を求める。

           §

「鵠沼の家」施主よりメールあり。
昨日の波は、通常より大きく、やはりサーファーにとってはたまらない、うずうずするという。

その波はまだ遠い南海上にある次ナル台風8号の余波だという。

建築家は台風が来ないことを願い、施主はいい波を求め甘んじて台風を受け入れる。

そういう話が、僕は好きだ。

では建築家がサーファーだったらどうなるのか……。
考え過ぎだな。

ものごとは一筋縄ではない。
だから人生はおもしろい。
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  2005年8月4日(木) 垂木
朝から執筆。二編仕上げる。

夕方「鵠沼の家」現場。垂木の取付確認。
監理というより、単純に、この空間に身を浸したいがために参ずる感強し。
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  2005年8月4日(木) 「湘 南 雑 筆」
夕方、鵠沼海岸へ。
17:00の時報とともに、海水浴客と入れ代わるように、サーファー達がいっせいに海に入る。海は木の葉に似たボードで埋めつくされる。
陽はまだ沈んでいない。

小一時間、夕陽に照らされ、ボーッと波乗りを眺める。

江ノ島まで歩き、「てんてん」という店で明石焼をたべて、潮臭いカラダをひきずって帰途につく。
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  2005年8月3日(水) 建築ツウ
朝から執筆。二編仕上げる。
午後、少々のスケッチ(Sギャラリー内装工事)。
夜、卒業後五年経った卒業生達と、カチャトラへ。

§

アーティスト吉水浩氏の日記で「大島さ〜ん」とまた呼びかけられていたので、たまにはレスポンスしてあげます。

おっと!吉水氏が手にしたる建築本!なかなかしぶい、マニアック、しかしこちらはなんたって「建築ツウ」……

(なるほど、この本だな……)と画面の前に並べてみる。
ちなみに、神田の古本屋で一冊300円でした。
これも一種のシンクロニシティーか……

三浦半島、いいですね。
浅草に行けば浅草に、久我山に行けば久我山に、鵠沼にいけば鵠沼に住みたくなるけど、もともと三浦半島は気になっている。

大根畑が、急に絶壁になって、広がる海。刻々と変化する空。。素敵です。

そろそろ、吉水邸エスキスするか……、頭の中ではだいぶできている。
先に設計して、それにあった敷地選んでもらえますか????

あとネット上で、リアルタイム公開打ち合わせ、とかやります?
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  2005年8月2日(火) THE GO! TEAM
朝、床の雑巾がけをして、9時前、机にすわり、おもわずE・A・ポーの「アッシャー家の崩壊」を読みはじめてしまい、「ありえない」と自分に言い聞かせ、執筆にかかる。

脳がクリアだ。一気に3編書き上げる。O編集長が僕に期待してくれている能力がそろそろ全開になってきた。

久しぶりにポム企画さんのwebをみると、み江さんの方が
「書き仕事はもんのすごくアタマとカラダの体力を必要とするので……」
と書かれていた。御意。涙が出そうになった。。。
自分では言わないが、人に言ってもらえると、なんだかホッとする。

執筆の後、少々のスケッチ(Sギャラリー内装工事)をして、17時に仕事をやめる。
プールに行き、泳ぐ。18:30、帰り道のリキッド・ルームに立ち寄ると、うすうす気になっていたけどブッキングしなかったTHE GO! TEAMの当日券があるという。プールのカルキ臭いカラダのまま、瞬時に、BRITISH ROCK の聴衆へと変化する。足はビーチサンダル……。

出演は3バンド。たぶんみんなフジロックに出たあとの東京での公演。

THE GO! TEAM。なぜかドラムが2台、かつドラマーは二人とも女性。笛は吹くは、鍵盤ハモニカ、ホーナー社のメロディカはでてくるわ、どこまでが打ち込まれてて、どこまでが生なのかわからないフェイクぶりが、素敵だった。ベースはしっかりしていて、たぶんもとのメンバーが逃げたんだと思うけど、ステレオラヴの人だとかなんとか英語で言っていた。

THE MAGIC NUMBERS。びっくりした。フロントマン(ウーマン)3人が極度の肥満である。しかし、すてきな音。エルビス・コステロをジョン・マッケンタイヤーにプロデュースさせて、ステレオ・ラヴっぽくしたかんじ。ここでも鍵盤ハモニカ登場。

トリはTHE FUTURE HEADS。すごかった。噂に聞いていた。「ネオ・ニューウェイヴ」の時代になっていることを……。分りやすく言えば、XTCになりたいんだけど、JAMの方にはしってしまい、かつ、OI パンク、ガレージもあわせて、おまけにビーチボーイズのウツクシイくかつ変態的なコーラスを入れた感じ。メインヴォーカルは、ピチピチのストライプのシャツのボタンを首まで止め、腕まくりをし、時代錯誤をわざと演出してみせる。ドラムは、細みのタイをし、髪型と風貌はあきらかにリンゴスターで、最初から最後まで、はげしいビートを、背筋をピンとのばしたまま叩きつづけた。背筋をピンと伸ばしたまま、大汗をカクということの不自然さを、演じつづけた。

思わず、ハラショー!と叫んだ。

フジロックに行けなかった(行ったことはないが……)うさを、本日はらした。なにしろ、リキッドルームは事務所の窓をあければみえる100Mくらいのところにあるんだから……。ほんと、散歩がてら、ふらっと、入ってクラっとした日だった。

新しいブリティッシュロックシーンのマニエリスム度は、OCMの目指している建築の感じに似ていると確信した。

OK、モーマンタイ!そのままGO!だ。

脳の切り替えマシーン。二十万人格。
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  2005年8月1日(月) hat
朝「久我山の家」現場。木製ブラインド業者と打ち合わせ。
キッチンが取り付き、建具業者がh=2.4の巨大な建具を一枚一枚設置している。

その足で「浅草の旅館」へ。
基礎コンクリート型枠はずしの状態を確認。

灼熱の中、上野まで歩く。
いくら歩くのが好きとはいえ、これでは死んでしまうと思い、中田商店でハットを買う。

写真:「久我山の家」階段のトップライトからの光
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