OCM一級建築士事務所
 

2005年06月


  2005年6月30日(木) 泥
午後「浅草の旅館」現場。
雨の間隙をぬい、地盤の高さの基準となる位置(ベンチマーク)を設定。
これから、杭工事、基礎工事、と本格的に展開していく。

靴に着いた泥を落とし、地下鉄に乗り込む。


夜、斉藤君と会い、仲間たちと会食。久しぶりに夜更かしをする。



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  2005年6月29日(水) アヴァンギャルド
終日、VDIに出講。
「空間デザイン史」では、授業始めに積極的な学生から質問があったので、世紀末から1930年代くらいにかけてのデザイン思潮について、もういちど整理する。

「イギリス/アーツ&クラフト運動、フランス/アール・ヌーヴォー、オランダ/デ・スティル、ドイツ/ユーゲント・シュティル-表現主義-バウハウス、オーストリア/ゼセッション、イタリア/未来派、スペイン/モデルニスモ、チェコ/キュビズム、ロシア/ロシアアヴァンギャルド-構成主義……」

国と時代を整理して頭に入れて、そこでヴィジュアル的に頭の中で各ムーブメントがダイナミックに展開するようになればOK。さらに、政治的な背景、王制の崩壊、社会主義、革命、独裁、ファッショ、亡命……などを加味できれば、それらに盛衰の色を与える事ができる。

かつ、個人の中にも思潮のうつろいはあるということの認識。グロピウス初期の表現主義的な作品が頭に浮かぶようになれば、かなりの「建築ツウ」。

各自の中にも、起こるべき、精神の変革に似ている。

やはり、泡のように消えて行ったアヴァンギャルド達の話は、学生のくい付きがいい。僕も学生の頃、自己正当化の手法として、過去のアヴァンギャルドな思潮にのめり込んだ。イデオロギー抜きで、レーニンのポスターをソビエトに買いに行ったり、アホなことをしていた。

そこに、新古典主義の、エティエンヌ・ルイ・ブレらを加えれば、AAスクールの連中、つまりレム・クールハースやダニエル・リベスキンドを読み解く手掛かりになる、と、プロジェクターで、彼らの作品を投影し、“解釈・主観・偏見”をレクチャー。あくまでも、“解釈・主観・偏見”。現代建築に解説は必要無い。主観、解釈があるのみ、それはアートと同じ。機能や、敷地環境や、経済状況、技術レベルだけで建築を語る時代はとっくに終わっている。

プロジェクター投影が終わり、教室の電気をつける。
講師曰く「おはよう!眼を醒ませ、若者よ!お家へ帰ろう!」

本日、コンペに提出のため、多くの学生は徹夜で学校に来ている、ので、電気を消せば、自然に多くの学生は眠る(笑)。 お疲れさま。

写真は、高架道路の“腹”、艶かしく、ヌルッと、光っている。
蛇の腹のように。
もしくはジャン・ヌーベルの建築のように。
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  2005年6月29日(水) 22歳 happy birthday
1987年7月9日 22歳のときの日記

日建設計でアルバイトをはじめる。非常に暑い夏がつづいている。午後の二時に入って帰るのは21時。下宿に着くと10時半だった。非常にしんどい。責任も重い。この仕事は今週中に終わるが、来週からまた新しい人について模型をつくらねばならない。実務とはやはり貴重な経験であり、また緊張し、喜びでもある。尚かつお金がもらえるという信じられないことである(延々と続く)。
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  2005年6月28日(火) 企て
朝から「久我山の家」現場。
腹の具合が悪く、若干遅刻する。暑さのためか街行く人々ももうろうとしている。

竣工間近だが、特に現場に問題はなし(遅れ以外は……)。ただ、工程表を早くだしてくれ、と監督をせっつく。

早く、仕上がり状態がみたい。

               §

 昨晩、ギャラリーSITEの斉藤康が誕生日を祝ってくれるというので、飲食をした。
いろいろ、企てごとをヒソヒソ話し合う。
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  2005年6月26日(日) 40TH
40歳になった。
一日放置されて、今日、友人達が来て、誕生日を祝ってくれた。

ケーキに40本ろうそくを立てた。
恐山みたいになってしまったが、きれいだった。

ろうそくは、建築内に残された最後の火かもしれないな、と思った。

アキラ君アダチさんフジヒラ君セキドさんオーヤマさん、リンリンさん、どうもありがとうございます。
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  2005年6月23日(木) 夏至
梅雨っぽい一日。

しかし、梅雨生まれのせいか、そんなにキライではない
(昨年も同じこと書いていたような気がする、しょせん日記なんてそんなものだろう)。

が、スーパーマーケットに行き、押し入れ用防虫剤の「ムシューダ」と上階からの水漏れでジメジメしている天袋用の吸湿材「マイペット」とそれによる変な匂いをとるための「無臭空間」を購入。

「浅草の旅館」ALC割り付け及び、開口部の大きさ、をチェック?ではなく全部に寸法の指示を与える。

意匠設計的には窓は枠の内寸でものを考えているので、それとの摺り合わせ。

夜、来週の授業用資料整理、クールハースについて考える……。
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  2005年6月22日(水) 純度
終日VDIへ出講。

「空間デザイン史」の授業はいよいよ近代建築、モダニズムの佳境に入る。
「住空間建築」は“9坪ハウス”設計の山場。来週コンペに提出する。


ル・コルビュジェは毎朝、午前中は絵を描いていたという。建築のスケッチでは無く、純度の高い絵画。

白井晟一は晩年、毎朝、墨を摺り、書と向き合っていた。

建築家とは、そういうもんだ。

せいぜい僕は毎朝、あまり“純度の高くない”文章を書く。
しかし、やがて、純度の高い文章を“書きたい”ではなく“書く”。

※写真は「幡ヶ谷の家」格子意匠の階段を娘さんがクライミングしている。
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  2005年6月21日(火) お“〜〜!
午前「久我山の家」現場。
考え事をしながらでも、勝手に現場にたどりつく。
足の裏が道を覚えている。

建具の仕様確認提出、仕上げ確認提出。順調。
あと、図面を描くのは外構の塀など。
監督や大工さんとの会話の中で、今日も二つほど名案が浮かぶ。

いいことだ。

               §

午後「幡ヶ谷の家」。現場……ではなく、もうお住まいになられているので“お宅”に訪問。
アイアングレイの浅井さんと、表札及びインターホンカバーの設置工事。

とっぷりと時間をかけただけあり、濃密な仕上がり。
タイトルは“魔女に魂を売った”です。

奥にぼけているのが、眼(インターホンカバー)。

取り付け終了後、居間で冷しコーヒーをいただいていると、小学生の娘さんが帰宅。玄関先で「お“〜〜!」という声が聞こえる。

してやったり。

きっと御主人様も夜帰ってきて「お“〜〜!」っていうはず。楽しみ。
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  2005年6月20日(月) 求心的
午前、執筆、一編仕上げる、が、イマイチ、ノリが悪い。
一日事務所で「久我山の家」仕上げ確認など行う。

先日藤沢の有りん堂で、湘南だから蘆花を買おうと思ったが、お目当てのものがみつからず、とうとう永井荷風の『断腸亭日乗』を買ってしまう。鬼門だったが、池波正太郎にも手をだしたことだし、まあいいではないか……と自分に言い聞かせる。
 
が、バランス(?)をとるために泉鏡花の短編集を2册一緒に買った。

ネコの写真……。
「ネコ、撮ってんじゃん」
「いや、ネコっつうか、その空間を……」
「いや、明らかにネコだよ」
「いや……床の求心的なパターンが動物に与える心理的な影響を検証せんがために……」
「いや、ネコだよ“ホラ、ちょっと動いて、もうちょっとで中心だから……もうちょっと”ってやっただろ」
「……やった」
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  2005年6月19日(日) 粛粛と
午前、執筆、一編仕上げる。
午後「浅草の旅館」鉄骨図、チェック。
構造図と意匠図に若干の食い違いがあるので、申し訳ないと思いつつ修正。
ALC図、サッシ図を残し、エンジニア−としての一日が終わる。
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  2005年6月18日(土) 自画像
午前、執筆、一編仕上げる。
午後「久我山の家」建具表、最終チェック。夜までかかる。

LAMP ,ATOM ,AGAHO,BEST,ACE などのカタログが、机の上にうずたかく積まれていく。よしこれでOK。

「浅草の旅館」鉄骨図、ALC図送付していただいたのでチェックせねばならない。
明日やろう。

写真はネコを撮ってるおじさん。
たぶん本当のネコ好きは、もうネコの写真が通用しなくなってること知ってると思うし、本当の写真好きも、自らネコの写真を撮ることを自粛した方がよさそうだ。

誰が撮ってもネコはネコ。

TV、CM、映画界の数字(視聴率)とる基本「動物、子供、ラーメン」。

社会の病みを反映している。
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  2005年6月17日(金) 消点
午前、湘南ライナーに乗り藤沢市役所へ。
「鵠沼の家」確認申請提出。
下水課、道路課をタライ廻る程度で、無事提出。
市役所の食堂でアジフライを食べる。

その足で江ノ島へ向かう。
これからはじまる普請に対する、自分なりの土地への挨拶。
予報とは違い曇天。蒼でなく、灰でもなく、暗銀とも言うべき穹。
消え行く水平線。
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  2005年6月17日(金) 白波
白波立ち、風に混じる潮、肌を漬ける。
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  2005年6月17日(金) 銀鏡
岩棚に張る潮、銀鏡と化し、穹円を映す。
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  2005年6月17日(金) 光
俗化したる岩屋の中、燭台で照らし、古の残香を捜す。
出口を求め、ひとすじの差し込みたる光をたぐりよせる。
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  2005年6月15日(水) 21才
一日中、出講。二十歳の人達に、悦んで、魂を売る。

売ったついでに、自身21才の日記より抜粋、という日記とする。
日記の入れ子構造、実験、オ〜マトリョーシカ!
日記の中に、小さな日記が……その中にまた小さな日記が……


             §

1987年3月25日(水)21才。東灘区、住吉在住の頃

晴れていたが寒かった。昼頃起きた。非常に気持ちの悪い夢を観た。とても暗示的な内容であったと思う。怪人“ニキ”に追われ、逃げまどう僕。一体何の暗示なのか。もう一つは友達がハチュウ類になってしまった、という夢。友達は「今、自分にどんなことが起こっているのか理解できないんだ……」と悲しげにつぶやいていた。
気持ち悪かった。

今日と、きのう、おとといは毎日三ノ宮に出かけた。今日はまず図書館へ行き、JUNK 堂へ行って、それからナガサワ(文具や)へ行って、絵が描きたくなったので、スケッチブックと鉛筆と、けずりを買って北野(異人館街)へ行って路地裏から2件ほどスケッチした。ミーちゃんハ−ちゃんがいっぱい来ていた。それからハンター坂をのぼりつめると、登山道があったので、興味津々で登っていった。ハッキリ言って恐かった。“山乞食”が出てきたらどうしようかと思った。今度本気に登ってみようと思う。頂上には何があるのか。

それから非常に疲れたのでNEW OS(喫茶店)に行ってもらったチケットでコーヒーを飲んでひと休みした。それから最後の一仕事と思って、Mr.jacket(中古レコード屋)へ行って、WYNTON KELLYのKELLY BLUE(JAZZ)を捜しに行った。見事にあった。¥1700-だった。二枚ほど“はずれ”、していただけに嬉しかった。

今、それを聴いている。
非常にSWINGしてきた。

そして、冷や飯にひき肉だけをまぜて、卵を3個つかってオムライスをつくって、ビールを一缶飲んだ。


                §


現在は、2005年。ブログ、日記ブーム。
読まれることを、日々前提にした日記たち……。

一体、18年前……、この人は誰に向けて日記を書いていたのだろう。
今、その魂を、少しずつ開放してあげなきゃ……と思っている。

供養か……。
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  2005年6月14日(火) 東急
朝から図面。
午後「久我山の家」現場。

あと一ヵ月。息を止めてGO!.

帰り、渋谷、古本屋に寄る。

「鵠沼の家」見積もりアップ。やっとベースができた。

写真は、東急。最近ちょっと建築界ではやってるデザイン、でも東急。

素敵なデザインだ。

古(いにしえ)をリスペクトしましょう。
そして若者をだますのでなく、典拠を提示しましょう!

いつまでも、“オリジナル”なんて自惚れた言葉を使うんじゃない。
我々は、世界の一部だ。。。

※案外、ここで、この姿を見上げる人は少ない。
視点を変え、街を歩け!ガイコクに行く前に!
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  2005年6月13日(月) 増築タワー
朝から一日「鵠沼の家」図面を描く。

昨日、東京タワーの横を通り過ぎて、気付いたことがあった。先ッ歩の方の形がかわっている、何やら“地上波デジタル云々”の装置が取付けられたみたいだ……。

増築か……。

まずい……僕の持っている東京タワーのおもちゃと、ちがう、整合性がとれていない…。

1階のおみやげもの屋で調査。すると、新バージョンが400円、旧バージョンは350円で売っていた。

散歩の邪魔になるので買わなかったが、いずれ買って研究しよう……。

個人的には、先ッ歩の方が重たくなって、なんだかあまり好きではない、潔さがなくなった……。
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  2005年6月12日(日) 愛宕山
朝、執筆。1編仕上げる。

午後、ネットで授業の資料集め(ルネッサンス)をしながら、接続がとろいので、鬼平を読みながら、MY BLOODY VALENTINE を大音響で聞く。

頭の中は、90年代音響系ギターの不協和音、シャルル5世、フランソワ1世、ブルネレスキ、パルラーディオ、ブラマンテにイヨマンテ、江戸の血なまぐさい捕物帳…

だいたい人間の脳は、これくらいの多重さで動いている。

15:00。

「……懸岸壁立して空をしのぎ、山頂は松柏鬱茂し、夏日といえどもここにのぼれば涼風りんりんとして炎暑を忘る……」と、鬼平の中に愛宕山の説明がでていたので、すくとたちあがり、事務所を後にし歩き出す。

目指すは愛宕山(あたごやま)。

広尾、白金、三田の幽霊坂、芝公園を通り1時間で到着。愛宕山はすっかり森さんちになってしまっていた。頂上まではエレヴェーターでいける……。

しかし、権現様があるところは、さすがにサンクチュアリとしての雰囲気を遺していた。ここだけはだれもいじれないのだろう、それがサンクチュアリたるゆえん。

そのあと新橋まで歩き餃子を食べ、電車の先頭にのって、ATSのスイッチが入っていることを確認しながら帰ってきた。

17:30。
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  2005年6月11日(土) 目黒カレー
午後、目黒のアイアングレイさんへ。
表札&眼ができあがる。

きょろきょろと作業場をみわたし、つくりかけのものをみつけては、いろいろ教えてもらう。
次は何をつくってもらおうか、と考える、のは楽しい。

祐天寺あたりを散歩する。
なんだか独特の街だな、路上でアサリを売っている人に、おばあさんの長い行列ができていたり、肉屋さんで“目黒カレー”なるレトルトカレーが売っていたり。

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  2005年6月10日(金) 運勢
雨が降っている。
今日は、プレス的な仕事。
ポートフォリオの整理や、写真のスキャン、雑誌社、プロデュース会社に送る資料等整える。

夕刻、ライターのN嶋さん来所。
いろいろお話をする。

その後、サイトギャラリーの斉藤康君と合流して、飲食しに行く。

本日はいろんな人からお誘いがあった。不思議な日だ。
帰って「神宮館開運歴」をひろげて、八白土星生まれの今日の運勢をみてみる。

「△ 友人をつくり視野拡大に努めよ」

ハイ、そうしました……。
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  2005年6月9日(木) ヨゴレ
午前、新宿リビングデザインセンターにて「浅草の旅館」打ち合わせ。
第三者監理者(インスペクター)と設計者、施工者の三巴。

午後、その足で「久我山の家」現場。
手前に、もう隣家の基礎ができてるので、やがてはこの姿、みえなくなる。
もう一度大工を増やし、一気に内装施工ボード貼りに入る。
工期以外は今のところ問題なし。

現場ニテ監督と次の「鵠沼の家」見積について会話。
先日、鉄筋、木拾いまでやったことについて「ちょっと見積の出し方が違うんだよな」と言われそうになったので「それは勘弁してくれ」と請う。「わかった」と監督。

つまりは「もう少し安くなるのではないか」ということを「たとえば…」という形で算出する真似事をやっているわけで、こちらは見積のプロではない。そのことを分かって下さい、と伝える。

こちらとしては誠意でやっているが、やはり相手にとってはイヤなことをしていると思う。しかし、あくまでも“設計者は施主”の代理人であるわけで“ヨゴレ役”もやらねばならないのだ。
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  2005年6月8日(水) 「建築ツウ」的建築史
午前より、VDIに出講。「空間デザイン史」と「住宅の設計」を講議する。

今日の「空間デザイン史」は、西洋建築史。100分で古代エジプトからゴシックまで、さくさくッと。

山場は聖地エルサレム「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教」の話し。建築を通じて現在の争乱の世を語るのか、戦争をつうじて建築をみていくのか、どちらも重要なこと。

ハギア(アヤ)・ソフィアは、そもそも初期キリスト教建築であるが、その後イスラム教のモスクとして使われている。今も、イスラム寺院なのに、天井にマリア様の姿をみることができる。そこに敵対の構図はない。宗教、政治を超えることのできた建築の力がそこにある。そして、建築にできることヲ考える、信じる。

イスラム寺院がタマネギ坊主みたいなあたまになってるのも、そもそもはヴィザンチン建築(東ローマ帝国系初期キリスト教建築)の影響。

ゴシック建築、ゴシックという時代の闇、病み、聖と俗の混淆の極み。あながち「ゴシック・ローリタ」の女の子達が目指してるスタイルと、本当のゴシックは的外れではないという話し。ゴスロリの娘達の瞳の奥に潜む「聖と俗」。

そこからの脱出、人間再生、理性復活としてのルネッサンスがおとずれる……。

というところで今日の授業は終わる。

「建築ツウ」的語り部、世間師としての仕事。
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  2005年6月7日(火) 大安吉日
大安。晴。朝一番浅草へ。

渋谷から銀座線。人々の電車を待つ整列のしかたに“唖然”とする。3列づつならんでいて、電車が発車すると、ササッとその列ごと平行移動……。頭をガツンと殴られた感じ、軍事教練がゆきとどいた国のようだ…。

ピリピリとしたストレスフルな車内、一升瓶を抱いて土方焼けした僕はかなり浮いている。

「浅草の旅館」地鎮祭。地元の浅草神社より宮司(ぐうじ)さん来る。
晴れ渡る空、祝詞(のりと)が響き渡る。

地鎮祭がはじめての若い施主さん「スピリチュアルなことですね……大事ですね」と。

終了後、直会(なおらい)の席を設けていただき、おいしいテンプラとビールをごちそうになる。

昼酒をいただいてしまったので、フラフラしながら事務所に戻り、30分ほど昼寝。地鎮祭に遅刻しそうな夢をみてがばっと起きる。脳がループしている。

仕事再開。
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  2005年6月7日(火) 怪気炎
6/7(火)つづき
一日はなかなか終わらない。
晩、普請道楽N氏とワタリウムへ「天心ナイト」というイヴェントへ参加するため。
N氏は会場に設営されている“六角堂”の企画に磯崎新氏や六角鬼丈氏とともに携わっているため、リーレー・トークショーにてお話になられる。
平櫛田中のお孫さんや、天心の子孫の方などその関係者が多く御来場されて、トークされる中、N氏も怪気炎を吐く。
トークショーのあと細野晴臣氏が六角堂の中でサウンド・パフォーマンスをなさる。
演奏終了後、N氏とともに細野さんに挨拶に行き、拙著「建築ツウ的 普請道楽のススメ」を手渡す。
「是非、雙徽第でもサウンド・パフォーマンスをやってくださいな」とお願いし、お別れする。
岡倉天心の特質の一つである「オープン・エンドな思考」。これは「建築ツウ」とも大いにかかわりがあるな、と思った一晩であった。
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  2005年6月6日(月) 桃源郷
爽やかな朝。
床の雑巾がけをし、執筆開始。「スケール感」「儲かりまっか?」について書き終える。

20編〜30編書き終えないと、O編集長は会ってくれない(笑)……。なんだか囚人みたいだな。確か僕の知ってる文豪のイメージは「センセ−!原稿はできましたでしょうか〜!できるまで帰りません!」っだたのだが……時代は変わった……。

昨晩TVで開高健が“動いて”しゃべっていた。
「男はね〜 “危機と遊び”でッスよ〜 キキとアソビ! それしかねぇ〜ないんですよ〜 ず〜っとねぇそれをねぇ〜 追い求めるんですわ〜」

御意。

昼過ぎ、ネットの奥深い世界に入り込む。知り合いが一杯いた。。。フムフムみんなこんな桃源郷で踊っていたのだね……と、僕も控えめに、みんなの邪魔をしないように踊る。

宵の口、ふらふらと北に向かって歩く。東のバスステーションの様子。おいしそうに給油を受けるリプトンバス。

お疲れさま。
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  2005年6月5日(日) パトロール
朝から執筆。「空間」「納まり」について書き終える。

午、気分がいいので、VESPAで南西へ走る。目黒、自由が丘、奥沢、蒲田、そのまま羽田空港へ。空港エリアをくるくる循環し、弁天橋のあたりへ。

飛び立つ飛行機、釣り人の成果、行き交うボートの波紋をみやりながら、人々が黄昏れている。それをみてこちらも黄昏れる。

今度は多摩川沿いを遡上する。

下丸子キャノンのあたりで土手ぞいの道が終わる。鵜の木のあたりの一方通行地獄にはまり、右往左往。

ようやく田園調布南へぬけ、無事中原街道へ帰還。

任務終了。「建築ツウ的パトロールの巻き」。
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  2005年6月4日(土) エリンギは少々腐っていた…
少し文章を書く。

また、丹下健三について書いた。前とは違う論調。ぐっときた。
温めてきたことが実る。今回もまた100編書く。
文筆三昧、もちろん三昧とは修行のことだ。

夕方、雨が降りそうなので、VESPAにワックスがけをする。

そのあと、本屋へ行きダカーポの大久保慈さんの文章を読む。フムフム。

本屋を出ると、雨。

エリンギとスナックエンドウと長崎じゃがいもを買って、雨に濡れながら帰る。
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  2005年6月3日(金) E7 
一日中事務所。
「鵠沼の家」見積もり調整等行う。
めったにやらないが“慣れないため”に、一度鉄筋D10、D13などの一本一本からコンクリートの立米、構造材の木拾いまで自分でやってみる。根太一本の値段に至るまで。ものの値段が身体に沁みる。

少しぜい肉が落ちた感じがする。工務店さん、ちょっと嫌がるかな…。しかし設計者だけ苦労しないで「もっと安くしてよ」と…これだけは言ってはいけないと自分に言い聞かせているので、こちらも誠意をみせねば、という気持ち。

夜「 第138回 EBISU  BLUES  FESTIVAL  AT OCM」開催。
ブルースマン…というよりプロモーターのような羽田野氏とセッション。同伴の谷氏はまだ修行中で、なかなかまだあわせられない。

数年ぶりに弦を変えたので、鳴りが良い。

ひたすら 
E7 A7 E7 E7/A7 A7 E7 E7/B7 A7 E7-A7 B7
の繰り返し…

D10 D13 … 頭の中の鉄筋が溶けていく…
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  2005年6月2日(木) デッドストック
午後、江戸川区の工務店へ。「浅草の旅館」の工事請負契約締結。
駅からゆっくり歩いていこうと早めに事務所を出ると、1時間以上早く駅についてしまった(どんな計算しているのだ…たぶん、1時間単位でものごと考えている…)。

少し予算をオーバーしてしまい(5.7%…)、工務店さんには少し値引いてもらい(1%)両者に借りをつくったまま現場に挑む。仕事の借りは仕事で返す、と自分に言い聞かせる。

現場での監理者の働きによって、工事が影響されるようでは本来いけないのだが、より高いレベルの話、100に対して120のものを引出すために働くのだ。でなきゃ、図面通りにやっていればいい、うるさい監理者などいらない。

契約締結後、工務店の作業場をみせてもらう、と普通に言っているが、今日日(きょうび)都内の工務店で作業所を持っているところは稀だ。当り前の事が、当たり前でなくなっているので、その当り前のことに感動する。

自分の描いた図面のいくつかの部材がここで組み立てられて現場に搬入される…といった具体的なイメージが沸いてくる。

かつ「30年以上も眠らせているんですよ…」という長尺幅の杉板のデッドストックをみせられ「よかったら使って下さい…」と言われる。その他、枠材も鏡板も文句なしのものを提示していただいた。見積が終わり、契約が終わった後にである…。嬉しいではないですか…逆にプレッシャーを感じる。図面上の材料の使い方の再整理が必要になる。もちろん高いレベルでの調整。

使う材料、つくる人の顔、作業場をみて、本当は、ここから設計がはじまる。

※本日はカメラを忘れたので、写真は昨晩の食べ物…。
三つ葉、大豆もやし(緑豆ではない)、ミョウガ、干し貝柱、さば、木綿豆腐、しょうが…
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  2005年6月1日(水) 太陽
朝日で目覚める。
鬱屈したる昨日の曇天とは一転、強い日射し。

この“メリー&ハリー”が、人々を動かす力となる。

6月、この日記の部分を空白にしておく勇気がない。
空白恐怖症、幕の内弁当症候群 PAINT IT BLACK

水曜日はいつも学校なので、帰ってきてから、どうせコレを書く気力は残っていないので、珍しく朝書いてみた。

爽やかすぎると、案外言葉を失うもんだ。
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