2005年05月
| 2005年5月31日(火) 芦花 | |
 | 午前「久我山の家」現場。
日々カタチになりつつある過程をみるのは楽しい。特に問題がないと、より高いレベルの“欲”がでてしまうが、できるだけ押さえている、が、今日は200角のガラスブロック1個、リュックに入れて持っていき「壁面に入れて下さい…」とお願いしてしまった。
雨があがり、ムンッとした空気の中、久我山駅を通過し、そのまま南へ歩く。土地カンはないが、どうやら芦花公園あたりにでるらしいとみて、歩く。 途中、若者のなぐりあいのケンカ1件と、交通事故2件に遭遇。気圧のせいか、それとも湿度のせいか…。
芦花公園(蘆花恒春園)の“芦花”はもちろん徳富蘆花のこと。旧宅などが残っており、環八の真横とは思えぬ聖域をつくりだしていた。
八幡山から電車にのり、事務所に戻る。 | |
| 2005年5月30日(月) 机 | |
 | 雨が降っている。
鬼平研究。淡々と物語がすすむ途中で急に著者がしゃべりだすことがある。 「現代は……情の裏うちなくしては智性おのずから鈍磨することに気づかなくなってきつつあるが……」「血頭の丹兵衛」より
基本的には江戸時代の話なんだけど、単語や地名や語尾の端々には江戸を感じられるが、著者自体の文体が、まったくの現代語なので、そこが少し物足りないと感じる。言葉、文体の持つ力、で江戸を感じることは無理。
「時代劇は好きだけど、歴史は苦手」という人はけっこういるという、劇はやっぱり劇でしかないのか。 徳富盧花や泉鏡花などに感じられる時代の空気(もちろん両者とも恣意的に錯誤させているが…)とは違った読み物、純粋に物語を楽しむためのものと感じる(あたりまえか…)。
ところで関西人は「鬼平」読むのかな……。 | |
| 2005年5月29日(日) 裏腹 | |
 | 昨日に引き続き天気が良い。
1年間、こんな気候であれば、ニッポンの建築は、もっと弛緩したる何ものかになっているだろう。 15:00まで仕事をし、歩く。 宮益坂、本屋、青山、神宮前を通り“ウラハラ”へ。しばらく来ないうちに、ウラハラが肥大化していることに気付く。通りが、二重にも三重にもなっていて、すべてがオモテの状況を呈している。
蛇の皮を、くるりとひっくりかえした感じ。 我々「建築ツウ」としては、新しくできたアンド−建築をみておかねばならない。 ホ〜、いいですね、と100点あげた。やはりアンド−さんは、小さい建物じゃなきゃ神経がゆきとどかないんだなということを実感。誰でも同じだが…。
本日から、“とうとう執筆開始”。 目次つくったり、タイトル考えたり、表紙デザイン考えたり、文字数の計算し、ワードで雛形つくったり……とうとう、やることがなくなった。外堀は埋めた。逃避的行動終了。
当然だが、“モノを書く”というモチベーションの比重が本の方へと移る。この日記(ブログではない)のアクセス数、最近140/日を超えている…が、そんなことで、これからとぎれとぎれになりがちですが、よろしくどうぞ。かつ“ネタの出し惜しみ”があからさまに感じられるやも知れませぬが…
“慣れてください(笑)”。 | |
| 2005年5月26日(木) 展望 | |
 | 午、都庁へ。事務所登録の更新、再挑戦。無事終了。
久しぶりに展望台へあがってみる。 東京で営為せんがためには、たまには上空から、その相手、“それ”を睥睨せねばならぬ。
これが“それ”。 都庁グッズを一通りチェックし、そこを訪れている人々のメンタリティーをさぐりながら、都庁をあとにする。 |
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| 2005年5月24日(火) テルミネ | |
 | 午前「久我山の家」現場。
駅から15分ほどの道のり、下を向いたまま、考え事をしながら、いくつかの角をまがり、現場までたどりつくようになった。 道のりが、からだに沁みつく。
昼駅前の松屋で「ブタ生姜焼き」を食べ、井の頭線、山手線を乗り継ぎ上野の区役所へ。無事「確認済書」を受け取る。 その足で浅草へ。旅館打ち合わせ。
先週とまったく同じ行動。ものごとをじりじりと執拗に「詰めている」感じがする。 打ち合わせ終わり、上野まで歩く。もう少し歩きたかったが、突然の雨。
しかたがないので、日比谷線の地下街をぐるぐる一周する。 JRにもどり、関係ないホームをうろうろする。“いい駅”だと思う。「ターミナル=テルミネ=終着駅」であることを感じるに値する。
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| 2005年5月23日(月) 修学院離宮 | |
 | 京都にいる。
6:30起床、歩き過ぎと二日酔いと喋り過ぎで気分がすぐれないが、修学院離宮へ向かう。 普請道楽N氏のとりはからいにより、直前に御同伴させていただけることになった。
十数人の一団を宮内庁の人が案内してくれる。御水尾上皇の脳内庭園に触れ、さまざまなインスピレーションが沸いてくる。 |
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| 2005年5月23日(月) コスプレ | |
 | N氏のおもしろいところは、御自分はちゃんと着物でめかしんこできておいて「オーシマセンセ−、ここは離宮でっせ、紋付袴かタキシード着てこなあきまへんで、なんですかその格好は(笑)」と、僕を笑いながらイジメる。
N氏はお着物(もちろん草履)で、離宮を、漫遊するといったことを十分に楽しんでおれれて、なんともうらやましい。かつ、自らスェーデン人の方をつかまえて英語を炸裂させ、ガイドをかって出る。
ざんぎり頭の着物のニッポン人と外国人という構図が、なんとも文明開化みたいで、完全にコスチュームプレイは成立していた。うらやましい、せめて僕も山高帽くらいはかぶりこなせるようになろう…。
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| 2005年5月23日(月) ひぃふぅみぃ | |
 | 1時間半、とっぷりと離宮を堪能したあと、10:30には解散。N氏は東京に戻るというので、タクシーに同乗し東山あたりで、僕一人落としてもらう。
修学旅行学生にまぎれながら、哲学の道を歩く。すると、仕事のメールが入る。一寸現実にひきもどされる、“そうだ、今日は月曜日だ…”。
散策中にメールが入るような人間は哲学する資格なきことを知り、せいぜい掃き散らかした思索とたわむれる。 法然院などを経て、花粉症でクシャミ百発かましながら、四条河原町に辿り着き、新京極の「スタンド」という店で休憩。とても、好きな店。鯖の味噌煮とポテトサラダ、ついでに麦酒で喉を潤す。
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| 2005年5月23日(月) 西と東 | |
 | またあるき、六条あたりの「渉成園」へ。ウッカリここも行きそびれていたところ。東本願寺配下ということで、敬遠していたのかもしれない。なぜ東本願寺が、かくも楽しげな庭園&諸施設を所有しているのか、よくわからない。しかし、西本願寺とは違い、入口では入場料はなく「寄付」のみ。好感がもてる(東と西をそういった比較にかけるのは愚、であるとわかってはいる)。 |
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| 2005年5月23日(月) サンドウィッチ | |
 | 無事、京都駅にたどりつき、予定を早くきりあげ、帰途につく。
あっ、そうそう、京都駅のホームのサンドイッチ、最高においしいですよ。お腹が空いてようが空いてまいが、必ず買う。 世の中すべて“チェーン店”化、システム化、フランチャイズ化が進む昨今、こういう店は大事にせねばなりません。
17:30事務所に戻る。工務店に「急がせてすみませんねぇ…」と連絡し、再見積書をFAXしてもらう。いいタイミングだ。内容もイイ感じ。
せかしてもしょうがないのだ。果報は寝て待つのだ。 | |
| 2005年5月22日(日) 鬼平からはじまる | |
 | 京都にいる。
朝、とうとう鬼門を越えた。車中で「福翁自伝」を読もうと思っていたが、東京駅の本屋で「鬼平犯科帳」と目が合ってしまい、自分の頭の中に様々なエクスキューズを並べながら購入。
“これから京都に行くんだろう?でも、江戸っ子修行中なんだから、よりお江戸気分で京都に参った方が新しいのでは……”なんぞ考えながら…。
最初の「唖の十蔵」の話を読む。むむむむ、一杯人が死んでいく……。感想は後日…。 京都に着き、これまで避けてきた西本願寺に行く。タイミング悪く、昨日であれば“なんとか法会”とかあって飛雲閣の茶会にももぐりこめたみたいだが、今日は嵐のあとの静けさ…。一応「みせてくれませんか」と請うたが、「御自分のお近くの浄土真宗本願寺派のお寺のご住職はんにたのんどくんなはれ」とピシャリ。
なるほど、飛雲閣、書院などは末寺の御住職を“潤す”ための装置なんだな…と構造がみえてくる。 “明らかに”西本願寺と仲が悪かろう、お隣のお寺の境内に入って、飛雲閣の後ろ姿をパシャリ。
幸先は悪いが、高松伸設計の漬け物屋の建物をみて、ココロを落ち着け二条城へ向かう。いつも辺鄙なところばかり行ってたので、いつでもいける二条城とか、おろそかにしていた。
この安土桃山風、武家の豪壮な書院造は、なんかどこかでみたな…どこだろう…地方の武家屋敷だったかな…ここに全国の大名が集まり、みて、びっくりして、地方に戻ってまねしてつくったんだな、、、という構図がみえてくる。
そのまま、御池通りを歩き、宿にチェックインし、随分と世話になったスフェラ・アーカイブにポム企画さんを訪ねるが、4月で店頭業務から離れたということで不在。デパ地下で買ったケーニヒス・クローネの“棒パイ”をお渡しして“じゃあ、これ食べちまって下さい、ポムさんによろしく”と、外国人選手が設計したお洒落建築をあとにする。
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| 2005年5月22日(日) プリンツ | |
 | 次も、またお洒落建築続きで、プリンツへ。岡美里さんと渡辺慎一に会い、ギャラリーを担当している富永さんに、2室あるおしゃれホテルの内部を見学させていただく。
大きなベットで遊ぶ、岡美里さんとモデルさん。 | |
| 2005年5月22日(日) むしぴん | |
 | 言葉には出さなかったが、お洒落建築のいいところと悪いところが、一気に頭に沁みてくる……職業病だな…。
展示をひやかしに行ったつもりだったのに、岡さんの撤収・搬出と渡辺君の搬入・展示をボーっとみてるわけにいかないので、お手伝いする。 写真を貼るためにムシピン100本くらい打って、照明器具を調整し、ライティングをしてあげる……これも職業病だな……器用貧乏ともいう……
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| 2005年5月22日(日) トップさん | |
 | その後あまりのお洒落空間にいたたまれなくなって(笑)近所のお好み焼き屋に駆け込み、渡辺君、岡さん、モデルさん、そして徳島から来たという写真家志望の“トップさん”という人と飲食。 |
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| 2005年5月22日(日) 変な人形 | |
 | あいかわらず、渡辺氏は、かばんから変な人形をとりだし、撮りはじめ、お店の人、苦笑い。 |
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| 2005年5月22日(日) かもがわ | |
 | 本当は普請道楽N氏に誘われて、“お茶屋遊び”に行くはずであったが、どうも都合がつかず、そのまま渡辺君達と、真夜中の賀茂川に遊びに行く。
みんな写真が好きなので、暗闇の中、ひとすじの光をみつけてはパシャパシャと撮りあう。 |
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| 2005年5月21日(土) MODERNS | |
 | マジョリティー達の花粉症はもう終わったみたいだが、これからマイノリティー達の花粉症のシーズンがやってくる。
よくわからないが、ブタ草とかアカシアとかそういうものの花粉らしい。 ボーっとして何をしても集中出来ない……。
ちょっと散歩しようと代官山を歩いていると、スクーターのプリプリという音が聞こえてくる。振り返ると100台くらいの装飾過剰のヴェスパ、ランブレッタ、ラビットにめかしこんだモダーンズが乗っている。
“そっか、そんな時期か” 季節の風物詩である。5月はモダーンズ&スクーターの季節。 帰ってネットで調べてみると、やはり今夜川崎のチッタでモッズメーデーがある。
さらに「スクターランやります。13:00に渋谷公会堂前集合…」とある。 そっか、渋谷で集合して、代官山あたりを流して、これから川崎へ向かうのだな…。
なんだか感慨深い。14.5年前、僕も2度ほどコレに参加している。 モッズメーデー25周年だという。立派な伝統芸能だな……。
今年はスカパラも出るという。さらに THE HAIRも出るって…もう40才軽く越えてるのに、、、やはり伝統芸能だ、、、、。 |
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| 2005年5月21日(土) 父モッズ、子モッズ、母モッズ | |
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| 2005年5月20日(金) 水 | |
 | 相変わらず天気が良い。
図面を描いたり、整理したり、調整したり。 夜「鵠沼の家」施主夫妻、来所。 見積もりオーバーしてしまったことの説明と、今後の方針を練る。
なんとも「給排水本管取出」で170万円もかかってしまうことが、無念でならない。基本的な人権にかかわることに、そんなにお金がかかる国、ありえない。
「道路族、郵政族」には改革のメスが入れられているが、「水道族」の膿みも早めになんとかせねばならない。 施主から新しい材料の打診、使えるか?使える。ポリカーボネート全盛で、あえてアクリル樹脂のとろっとした感じも面白いかも。
打合せのあと、施主夫妻と近所の居酒屋へ。 奥さん、「目白の出身」と思っていたら「南長崎辺り」だった。 急に親近感がわいてくる。卵焼きには砂糖を入れないといった、少し関西の気風をもった人でもある。 |
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| 2005年5月19日(木) 鉄 | |
 | ムンッ…とした陽気。
昨晩吉水浩氏よりもらったパワーの余韻、まだ脳が火照っているかんじ。 朝施主さんより電話、ちょっと難しい問題発生。しかし、構造設計事務所などと相談し、なんとか灯りがみえる(20cm大きくなりました…)。
午後、スクーターを駆り、目黒のアイアングレイヘ向う。表札のサンプル確認。 細かい作業をお願いしているので、ちこちこ見に行かねばならない、というか何かと理由をつけて、アイアングレイ・浅井さんの作業場、鉄工所に遊びに行きたがっている自分がいる。
鉄の「溶接、溶断、曲げ、シャーリング、鍛造(鎚目入れ)、バーナー入れ…」 小さくてfunkyな表札だが、それだけの工程が必要。
写真は「あっ、そう、もう一叩きして、そう、そう、それぐらい…」 とやってるところです。 §
「建築知識」6月号に寄稿してます。 ひとつは「追悼・丹下健三」の文章。 もう一つは「建築ツウの事務所運営」って文章。
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| 2005年5月18日(水) 根源 | |
 | 午前中より、VDIに出講。
「建築の根源」という大上段に振りかぶったタイトルで、プロジェクターを使ってヴィジュアル中心のレクチャーを行う。 「バベルの塔」からはじまる、建築の、空間の歴史の授業。
そこには、超高層ビルという人類の欲、WTC 9.11 イラク-アメリカ 聖書 ユダヤ-イスラム モアイ像… 全ての寓意がこめられている。
最後は「ストゥーパ、五重塔、五輪塔、卒塔婆」の形態的関連性などについても触れる。 そこでまず、「和風」といった謎のコトバに対する“違和感”を感じてもらい、朝鮮、中国、インドに対する親近感と尊敬の念を持つ事を促す。
地水火風空。それ以上は、興味があれば自分で調べてくれ、と学生に伝える。 19:30に授業終了。 ビジュアル中心のはずなのに、よけい喋りに勢いがついていまい、声がかれる。
§ 夜、アーティストの吉水浩氏が来所。 “さし”で会うのははじめて。僕より一足先に40才になったことを冷やかし、アートの話、音楽の話、若者の話などをとっぷりとする。
「泊まって帰る!」などとわがままをおっしゃられるので(笑)ちゃんと、湘南ライナーの終電に乗れるよう、時間をみはからい、お見送りした。 写真は、ギター弾きまくる吉水氏。
お互いの、ギターの指向性がかっちりはまるところをさぐっていると「オー、チェリオ、チェリオベイビー…」あたりでしっくりきて「レゲエやな〜」ということになった。
算数よりも、音楽、体育、美術…生きていくために重要なことだと思う。 語学よりも、世界中に通じるコミュニケーション。 |
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| 2005年5月17日(火) アジテーション | |
 | 僕の仕事は「問題を解決すること」に重きがおかれているので、それこそ、日々、何も問題がない日、というのは存在しない。
しかし、たまに、その日々の中で「すべてはうまくいく」と思える、瞬間が、年に(合計)3秒くらい訪れる。 その瞬間を、とらえきれねば、きっと380回くらい自殺してただろう。
§ 朝から「久我山の家」現場。大工さんの“顔色”がいい、そういう時は、僕は何もしなくていい。監督とIHヒーターの換気扇について議論し、なんとなく灯りはみえた。
“空間”のシッポ、から“空間”の実体があらわれはじめた。 それは、古代ローマのアトリウムを持つ住居、にどこか似ている。
ゆるい美学。強い空間。 大学院の頃(23才〜25才)研究していた、ル・コルビュジェの“ちょいまえ”建築家、トニー・ガルニエを通じて学んだ、古代ローマのアトリウムのある住居が、どうやら、僕の根本にあるような、実感が、やっとしてきた。
“師匠はいない!”ときばっているが、トニー・ガルニエは、僕にとって、唯一長い時間を共有した建築家であることは間違いない。 久我山の駅前の松屋で「カルビ焼肉定食」を食べて、そのまま上野へ。
台東区役所で修正印“100発”押して、確認申請おりるかとおもいきや「まだだよ」と、さっと書類を持っていかれる…。 120%の作り笑いで、「あ〜ざ〜す!お手間おかけしま〜す」と言い残し、浅草まで歩く。
台東旅館におじゃまし、最後の設計確認。 もう、図面はいじらない、と決めたので、あとはCAD図に手書きで書き込む。
17:00に終了し、ひとり、上野の街へ消える……。 § 写真は、もちろんアジテーション。日記で、時事ネタ書く事が大嫌いだからこそ、こういうことをする。
独立して10年。 ぼくにとっての時事ネタ、ここ10年は、神戸の地震と、阪神の優勝くらいだ。 3ヵ月で わすれてしまうような事は、日記に書かない。
明日、いや、3秒後には、わすれてしまうことだけを、日記に書く。 § 明日は造形作家吉水浩との決戦の日。いやがおうにも、興奮する。
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| 2005年5月16日(月) トチョー! | |
 | やばい。
「設計事務所登録」を更新せねば… 5年経ったということだ… 。 ということで、午後都庁へ。 (やばい、すっかり忘れていた…お金と印鑑もっていけばいいと思いこんでいたら、新規と同じくらいの書類がいるんだった…。)
住民票 納税証明書 そして、“免許証”。 自動車の免許は365日持ち歩いているが、建築士の免許は、こんなもの持ち歩くものと思っていないので、高い高い神棚の上に飾ってある。
(うそです、下駄箱の一番下にあります) 天気がいいから、都庁まで行ったのに、申請書類を買う「都民広場の地下」までしか、辿り着けなかった…。
(恐るべし、トチョー。さすがトチョー、写真をパチリ) ちなみに話は変わりますが、とってもおかしなことに、東京に何万人も建築士や建築家がいるのに「このトチョーガ好きだ!」っていう、建築士(建築家)はいないのです。
それにひきかえ毎日、多くの、全国から訪れる、観光客(=大衆)が、こぞって、詣でる、この、トチョー。 その、温度差、いずれ「建築ツウ」が解決します。 ダゥッア〜!
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| 2005年5月15日(日) INU | |
 | 朝から、きっちり仕事ができた。
4年前くらいにトリップしようと、 ASH, FEEDER, TOPLOADER, COSMIC ROUGH RIDER など、当時の音をガンガンかけながら…。
夕方(17:30)歩こう、と思ったが、東、道玄坂、円山町、神泉、青葉台、中目黒、鎗が崎、恵比寿、と1時間ほどで戻ってきてしまう。
ドメスティックなイヌのようだ。 スーパーマーケットで水菜と豚バラを買い、帰宅。 |
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| 2005年5月14日(土) ←←日記祭 | |
 | 「創造的な造形の最も高い基準は、聖と俗の融合であったと思う。聖を俗に溶解し、俗をひきあげて聖に合一する…」
今日読んだある建築家の本の中の一言。 “コンセプト”においても、具体的な“アイデア”においても、この作業にまみれていなければいけない。
この「聖と俗」の間を、自由に行き来できることが重要。もちろん、その中間の“フツー”な部分は削除されていることが望ましい。 美術家の吉水浩氏の日記をみていても、つくづくそう思う。 昨日の打合せが、どこかでまだ尾を引いている。
「世界平和、戦争反対、食品の安全、食べ物に色をつけるな、化学物質を使うな」 それらの“聖なる文言”に対して、人間の“俗なる”欲望や、動物的本能、エゴ、見栄をかけ合わせ、錬金術のように溶解させ、融合させるというプロセスを、踏もうとしていない。
「異常に発色させられた赤い飴玉」と「赤いチューリップ」は、僕の中では同列だ。きっと、チューリップだって、キツイに違いない。発色の悪い、ダルイ色のチューリップだってあったろうよ。いや、ほとんどそうだったろうよ。ミツバチの目を惹くぐらいならそれで十分だ。しかし、ちょっと背のびぃして、イキって、気張って、赤く、もしくは人間様にむりやり交配させられて、真っ赤になった。いや、きっとチューリップも自慢げだろうよ。しかし、少々虚弱にはなった。野山に自生できるほどの体力はなくなった。
§ 逗子に出向こうと思っていたが、行けなかった(陳謝)。 そんなことをツラツラと考えながら、web
の修正をしたり、シロアリ、アオアズマヤドリ、アナグマ、ビーバー、くもの“巣”について資料をつくったりして1日を終える。 写真は、晩食べたもの。
新作は、切り干し大根と“アメ横で買ってもてあましているするめ”を煮たもの。 乾物の研究?がしたい。 透明な(用と美を兼ね備えた)ガラスの徳利は、以前カッパ橋で買ったもの。別にフラスコでもいいのだが…
業務告知 □ この、左側← 御覧下さい日記全開です。“日記祭り”です。 中毒にならないよう御注意。 □「逗子の家」「蕨の家」などアップしました。
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| 2005年5月13日(金) 13日の金曜日 | |
 | 図面を描く、というか修正、整合性の確保、各図面数十枚を、巡回している感じ。
今週にはもう手放さねばならない。 工務店もきまり、作り手の顔がみえ、やっと「誰に対して描いているのか」が明確になる時期。 夕方、浅草消防署に出頭、図面の修正。
§ 夜20:30から打合せ。4年前に一度設計依頼(打診)に来られた弁護士の方。 その後、2.3人の設計士とやってうまくいかず、3年の月日が流れたという。
深夜まで打合せは続いた。 慎重にお話をうかがうが「とりあえず案を出して欲しい」という依頼にたいして、頷けず「もう一度お考え直し下さい」と、お引き取りいただく。
私が“欲しかった”ものは 「なぜ、他の設計士とうまくいかなかったのかの検証と認識」 「建築家全般に対する不信の払拭」 「設計契約に対する認識」
「家は施主、設計者、施工者で“つくって”いくものだという認識」 「高いレベルでの安全性(化学物質等)、木材の品質確保(トレーサビリティー)などには当然お金と時間が必要だという認識」
「自然、天然、有機、和風、洋風といったコトバの無意味さの認識」 「ニッポンの街並が醜いのは建築家のせいであるという考え方の払拭」 「人をみる眼」
そして何よりも 「数多(あまた)いる建築家の中から僕を選ぶ理由」 深夜、疲れ果てて、脳が覚醒し、蛇が出た。
いただきもののタケノコとそら豆を食べ、忘我の境地への道を探る。 | |
| 2005年5月12日(木) DOME | |
 | 昨日から、学校(VDI)もはじまり、あわただしい。
新しい学生20人+20人=40人と対面、一人一人と対話、問答する。 予想通り、みな地方からでてきており、興味深い。 11:00〜19:10まで授業、へろへろになる…。
住宅の設計をするにあたっては、まず個人的な住空間にまつわる記憶、体験をすべてはきだしてもらうようにしている。そこにとどまったり、とらわれたりしているとおもしろい案はでない。「自分を楽しませるのでなく、人を楽しませる」というシロウトからプロへの転換が、早めにせまられる。
北海道、秋田、岩手、宮城、静岡、浜松、愛知、高知、愛媛、京都、島根の隠岐、下関、鹿児島、沖縄…。 それだけでめくるめく濃密な教室、国体みたいだな…。
学校で吉水浩氏、和田浩一氏に会い久しぶりの会話。 §
GWがおわり、設計依頼の問い合わせがちらほら。 少し遅れた「新学期」のような気分。 写真は、先日某氏に御招待いただいた「東京ドーム」。阪神ファンの僕が、巨人ファンに囲まれて、オリックスとの試合をみている。
2時間7分という脅威的な短さの試合だったが、久しぶりで気持ち良かった。 | |
| 2005年5月7日(土) shiver | |
 | 午後、「浅草の旅館」夫妻と新小岩の工務店へ。その足で、両国の工務店も訪問する。
見積は出そろい、あとは直接会っていただき、“人を見る目を持つ”施主の判断を加味して、ほぼ方針が固まる。 「最後はどうやって工務店決めるのですか?大島さんが決めるんじゃないんですか。」
「いやいやいや、最終決定は施主さんが… した、つもりで」 といったやりとり。 同じ結果であっても、工事契約は「施主×工事業者」で結ぶものなので、「自分で最終判断した」という気持ちだけは持っていただきたい…という心持ちをお伝え、確認しあう。
そのまま、施主と両国から浅草まで歩く。 夜、恵比寿のゼストにて、10年前以上に古い友達の結婚パーティー。新郎新婦、高校生からつきあいだして、17年目で結婚……。すごいな…。
異能写真家 渡辺慎一がここぞとばかりに、ウエディングフォトを撮りまくるのを、十分に堪能。 写真活動をしていた時代の、懐かしい面々と久しぶりに会い、少し感傷的になり心がshiverした。
「いつまでも大島は青臭い事言ってンな」って言われてうれしかったり 「大島さんがデジカメぶら下げてるの、ショック!」って言われたり
変わったり、変わらなかったり。 | |
| 2005年5月6日(金) | |
 | 雨、少々寒い。
各所と、get in touch with 。 作業の合間、 「神のよりしろ、幣束、稚児、いけにえ、柱、バベルの塔、高層ビル、都庁、WTC、9.11、モノリス…」
などについて思考する。 晩、久しぶりにギャラリーSITEの斉藤康と会う。 I-BOOKを自慢したり、POWER POINTを見せびらかしたり。
彼が似たような霜降りのスウェットパーカーを着ていたので「これじゃペアルックだ…気持ち悪い」と、別の物を羽織り、街へ。 恵比寿の街は、10連休にせずに出社した「飲まなきゃやってらんねえだろう」という人々で溢れている。ここ、2.3年でずいぶんと人がかわったな。街は人がかえていく。良くも悪くも。
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| 2005年5月5日(木) ♪ | |
 | 写真を整理したり、編集したりする。
午後、思い立って新宿へ,中古のI-Bookを買いに行く。これまで喋繰り中心だった学校の授業を、ビジュアル化せんがための装置。昨年、随分と体力(オーラル・パワー)の限界を感じたので…。
MacOS9が動かせる器機があるうちに、買っておかねばというあせりもあった。 しかし、ずいぶんと安くなったもんだ…。 昔昔、その昔、A〇版のドラフターはたしか十何万円だったし、1991年、オアシスというワープロを17万円くらいで買ったな…。
アプリケーションの入れ替えなどをしていると、「power・point」発見。なんだ、特別なものだと思って“あこがれて”いたら、汎用の汎用の汎用ソフトではないか…。はずかしい、オレ、5年は遅れているな…。
さっそく「power・point」をいじりはじめる…。 少し、仕事を減らし、思考や、編集や、“製作”に時間をとっていこうと考えている。40才すぎて、だめになっていく建築家、いっぱいいるからな…。
自身を回顧するのではない、自身を編集し直すのだ。 このGWに浮かんだ思考のシッポ。 ♪表千家の若者の「和の文化は、僕たち若者にとって異文化なんですよ、もう、ないんですよ。」という声に、激しく違和感。僕も、5年前は同じ事を考えていた。が、今はもう一歩思考を進めている。「なくはない」「すでにそこにある」気付かないだけ。「人を招く、自分のものを自慢する、飲み物を(喫するもの)をふるまう、うまいだろという、めしをくう、くわせる、舞や音楽を鑑賞がら酒をのむ、人の話をきく、本を読む、ひとり楽器をつまびく、ひとり山にこもる、ハレ舞台でかっこつける…」ニッポンの文化は何もかわっちゃいない。ニッポンどころか、だいたい人間は同じ事をやっている。
♪美術でいうところの具象と抽象の境目に、イライラしはじめた。そんなものはないのではないか。全ては抽象ではないのか。 ♪画家フランシス・ベーコンの絵は具象だといわれている。どっちでもいい。結局は網膜の残像をどう表徴するか。かれは、人間における一瞬の狂気を、カメラより克明に網膜に焼きつけ、再生する能力をもっていただけだ。
♪地唄舞の腰の重心移動は、太極拳のそれに似ていると思った。また、長唄は実際「た〜あああ〜ぁぁ〜〜〜〜〜」と、“た”という一音だけでも西洋音楽の4小節くらい、ひっぱる。その一音に延留し、ゆったりとした動きの、振る舞いをそえる。一瞬が拡張され、分解される、そう、まるでフランシス・ベーコンの絵のように。
時間と空間というキーワードの一解釈手法。 脳が先鋭化しだした、そろそろ執筆にかかれそうだ。 |
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| 2005年5月4日(水) 上方舞 | |
 | 午後、半蔵門の国立劇場へ向う。
上方舞の吉村流 輝章会が催されており、普請道楽N氏は、本日は“吉村文章”となりかわり、地唄で「鐘が岬」を舞われた。 もう、おそらく4、5年くらい、上方舞をみさせていただいているが、毎年少しづつ楽しみが増してくるのがわかる。
吉村文章さんの舞のあと、楽屋へおじゃまする。 廊下で、昨日雙徽第にてお会いした川路妙さんとすれ違い「きのうはどうも…」と御挨拶。これから京都にもどられるという。御主人がドイツ人で、何やら「八角」の研究をされているということで、N氏と「今度ゆっくりお話をお伺いしたいもんですな〜」「そ〜ですな〜」とうなづき会う。
長唄、地唄のCDを買いに行こうかな…… ギターを3弦にして、三味線ごっこをしようかな…… などと考える。 |
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| 2005年5月3日(火) コラボ@雙徽第 | |
 | 朝から、雙徽第(そうきてい)ヘ向う。
本来、雙徽第は普請道楽N氏の隠れ家なのだが、今日はめずらしく大阪から来られた席主による表千家のお茶会と上方舞楳茂都(うめもと)流の舞、N氏の舞、そして煎茶といった今風にいうところのコラボレーション的こころみが催された。
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| 2005年5月3日(火) | |
 | その、“ソフト”を、雙徽第という“ハード”からのインスピレーションを得ながら、客が一期一会の空間をつくりあげていく。
もちろんそこに、1日の時間の流れ、気温の変化、竹葉からの木漏れ日、風の清さ(すがさ)、花や、香の匂いが加わる。 |
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| 2005年5月3日(火) | |
 | そして席主と客の対話、客同士の出会い、茶味、菓子の滋味…
これだけのものを受け入れる事ができるのが、僕のつくりたい「空間」だ。 もちろん係数が多けりゃ、いいってもんじゃないが、ミニマルではない、ニッポン人的グラマラス、多様性。
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| 2005年5月3日(火) | |
 | 四帖半同仁斎、八帖広間双徽亭、草庵茶室隅切り八角四帖半含翆盧、ひば舞台岳潜…
それらの空間に出入りする人々の所作、振る舞い、表情をみること… 時間を忘れ、結局日付けが変わるまで、13時間ぐらい雙徽第に滞在した。
N氏は“隠れ家”に知らない人が出入りをする、ということで、ひどくお疲れになっていた。いろんな反省点を話しながら、渋谷まで送っていただいた。
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| 2005年5月2日(月) 浅草 | |
 | 仕事開始。見積書をざっと査定し、おおまかな減額案作成。
午後、台東区役所へ、図面の修正。 その足で浅草へ。人間宅急便。追ってでてきた見積書を手渡し、若干の打合せ、すり合わせ。減額、というより、工務店の選定方法について話し合う。どこにしぼるか、現場監督のよしあしをどうみきわめるか、まちがうとどうなるか…など、これまでの経験をもとに、赤裸々に話す。
しかし、最後は信頼する事が重要である、と、なんとも他力本願的な話もする。 難しいが、Good peopleでいつづけること、が、最大の秘けつである、と。
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| 2005年5月2日(月) ガスタンク | |
 | 5時に終わり、気分がいいので、帰路とは反対の北北東に適当に歩をすすめる。伝法院(いつかは入ってみたい)の前を抜け、東浅草、今戸、清川、橋場といった住所をみやりながら隅田川にでる。どこかでみたことのある、浮浪者の住居群に行き当たる。通り抜けながら観察しようと歩くと、行き止まり…。バツが悪い、引き返す。
土手を降り、神社の鳥居の向こうにガスタンクが拝める、素敵な光景を発見し、気付くと住所は南千住。物流倉庫群の中を抜け、日がくれてきたので、歩く人の流れを察知しながら逆行し、何となく駅らしきものの匂いを感じる。
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| 2005年5月2日(月) 一絡げ | |
 | 地図上で、ずっと気になっていた“線路を一絡げにしたような貨物駅”を写真におさめる。 |
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| 2005年5月2日(月) life goes
on | |
 | 駅の西側に出て、散歩終了。酒場を探し、駅前の「鶯酒場」という労働者向けの酒場に紛れ込む。
混んではいないが、泥酔したおじさんが、うつろな目で入って来ようとするとマスターが「今日は、やめときな」と、門前払いにする。客は、引戸をあけはなしたまま、ふらふらと、どこかへ消えていく。話によれば、そのオジサンは、この間も酔って来て、ビール一杯飲まないうちに、イスから転げ落ちて、救急車の世話になったという。
みんな、いい顔しながら、知らない人どうし、ジャイアンツの話をしたりしている。みなりはみな小汚いが、せいいっぱいマスターに気づかい、自らgood peopleでありつづけようと努めている。
酒場を出て、駅に向わず、もうちょっと閑散とした南千住の商店街をみようと、ほっつきあるいていると、向こうから自転車に乗った学生Y君らしき人物とすれちがう。
「先生!何してるんすか!」「おまえもなにしとるねん?」「なにしとるって、住んでですよ、ここに!、まじ、あがってって一杯やってってくださいよ!」
コトバにあまえ、お宅におじゃま。まずは80才の闊達なおじいさんに、正座であいさつし、おじいちゃんとビールを飲む。戦争の話や、郵便局長時代のはなしを聞く。2匹のチワワにはげしく、なつかれ、服は毛だらけ。Y君は「いや〜いまお母さんが入院してて、ね〜ちゃん二人は働いてるんで、僕が晩飯つくってるんですよ〜」と、横で包丁の音をさせている。
南千住の三世代住宅の風景。お父さんが、下で郵便局の業務を終えてあがってくる。「一杯やってってくださいよ〜」とおっしゃるが、『すでにオレは何杯目だ…』と、「あ〜ざ〜す、また、こんど、ゆっくりと、とつぜん、おじゃましてしまいまして」とおいとまさせていただく。
帰り際、「先生、作品ちょっとみてくださいよ〜」といわれ、廊下に座り込みプレゼンされる。つづきは、学校で、ということで、別れる。
口の端をついて出てくる Good people…… life goes on …… などといったコトバをころがしながら、日比谷線にのりこみ、長い1日を終える。
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| 2005年5月1日(日) 手紙 | |
 | 天気がよい。人並みに、休むことにした。
“休む”ということは、単純に休むのであって、つまり脳が休んでいる。カラダはここにある。すべての、時間の流れが“緩み”、筋肉も弛緩したる状態。
むかし、もりわじんさんが 「友に、一枚の手紙を書くのに、3日くらいはかかる」と言っていたこと、つねに頭のどこかにある。 本当に大事な事を伝えるために、何度も何度も書き直された手紙。
なのに、破り捨て、出さなかった手紙。 コンピューターという“窓”がいつも目の前にあり、携帯電話も、その中に、人がいる。もちろん、虚像。それでなんとなく、人と繋がっている、という安心感に襲われている。一種の中毒。
我々は、それがなかった時代のことを覚えているが、今の若い人は、これから大変だと思う。もちろん、本人達は気付いていない。カラダの変調や、精神の衰弱がどこからやってくるのか、気付かないまま過ごしていかねばならない。
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