OCM一級建築士事務所
 

2005年04月


  2005年4月30日(土) 劇画
マンガはよまないが、ちょっと「劇画」的な効果が気になって、ネット上を探索。そこにある素材を剽窃し、デザインごっこをする。

楽しい作業、時間を忘れ、メシ食うのも忘れる。

僕の世代はガンダム世代らしいが、僕は一度もみたことがない。ガンダムが何なのか知らない。そういう欠如は、けっこう楽しい。

工務店さんが見積を持って来所。道路が空いているので、気分がいいという。
これで見積が出そろう。3社、ほぼ同等の値段、予算の1割増し。

いつも考える。100円のものが110円ででてきてしまった、と。その10円を下げる作業がこれからはじまる。

夜、O編集長、来所。香川の銘酒悦凱陣(よろこびがいじん)を風呂敷でいなせにくるんで、手みやげしていただいた。

昼間のデザインごっこの成果をおみせし、大笑いしていただく。
スタイルや芸風がかたまりだすと、一気に壊したくなる。自分で壊す快感。
新しい自分がみてみたいのだ。

新しい企て、忌憚のない意見交換。

東京都新庁舎の話が印象的、僕のやらねばいけないこと、立ち位置がより明確になる。
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  2005年4月29日(金) 美
新宿のジュンク堂へ「福翁自伝」を買いに行く。

ちょっとした、一言が、その中にあるはずで、ある謎をひもとく鍵になるはずと思い、その一言を探すため、本屋のイスに坐って、ナナメ読み。161ページ目でそのコトバを発見、即購入。

地道なネタの収集と裏付け作業。その成果は次作「建築ツウの○×△〜&%」にて。

暑いので、神田まで歩く。

入場無料の新宿御苑へと向う人々の表情を確認し、防衛庁を睨み付け、彰国社にあいさつし、外堀の釣り人の釣り糸の先端の浮子の動を注視、法政大学の駐車場で社交ダンスを練習する若い学生達の服装や腰遣いに魅入り、昔よく歩いた裏飯田橋を抜ける。

先日購入しそびれた白井晟一の「無窓」がまだあることを祈り、明倫館へ。
あったので、即購入。¥7000-。

目的を果たしたので、餃子を食う。

楽器屋でマーチン・ギター純正エンドピンを買い、恵比寿ににもどり、小1時間ほど、公園の木陰で「無窓」を読む。

「美は人間が作るものとは言い難い。求めて得られるものではない。人間にはただ表徴と抽象の能力が与えられているだけである。」

などなど…金言に心を揺らす。
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  2005年4月28日(木) 独白
昨晩、遅く、異能写真家 渡辺慎一氏来所。
日付けがかわるまで、いろいろ話し込む。
本になるかどうかわからないけどって言ってるんだけど、「浅草の旅館」のドキュメンタリーみたいなものが、撮りたい、撮らせてくれ、と。
次作の「建築ツウ本」、百枚写真ってできる? OK、OK全然OK、楽勝!

小気味がいい。好きな事は金にならなくてもやる、やってから考える。
「忙しい」って言うやつは「やりたくない」ってことだよな、我々絶対「忙しいっ」て言わねえよな「やりたくねえ」やつには頼みたくねえよな、と確認しあう。

本日、気温上昇。朝から不粋にも半そでで過ごす。
昼、髪を切る。

池波正太郎にまつわる今日の新説。
今まで僕に池波正太郎の話をした女性には、ある共通点がある。
皆、埼玉出身か在住の人々。

昔、埼玉にウナギ屋が多いのを不思議に思っていたが、もしかしたらそれと関係があるのかもしれない、という妄想。

“土系(淡水魚)の食べ物を知っている人は、池波正太郎の食べ物描写に、グッとくる…”

夕方、普請道楽N氏から電話「中国、デモ、猛虎襲来、日光東照宮、徳川、世界遺産、鎌倉、安山岩、五リンの塔、石工集団、中華思想、靖国神社、A級戦犯、野中、小泉…」と話はつづき、最後に、ちょろっと要件。粋な人だ。建築家の脳を動かすことのできるまさにアジテーターだ。
「酔余漫筆みましたで」とN氏。「ひゃひゃひゃ」とお笑いになり「ブログはやめときや、かきまわされまっせ…」と忠告もいただく。

そう「酔余漫筆」はウェブ・ログではない。一方的な独白である。
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  2005年4月28日(木) 告知
昨晩、渡辺慎一氏から、様々な告知を受けた。まず彼はスパゲッティフィルム(マカロニウェスタンではない…)というサイトを立ち上げ、彼の異能ぶりを、ブライダルフォトという世界に落とし込もうというこころみ。実はもう100件近い実績があるという。

これから結婚される、我が教え子の“教授”さん、某工務店の敏腕秘書さん、絶対に依頼しなさい。御墨付きです。

その渡辺慎一は、今度京都で個展をやるという。スペースはプリンツという鼻血が出るほどおしゃれなところ。なにやら西掘さんという鼻血がでるほどおしゃれなデザイナーの設計によるところ。渡辺氏は大丈夫だろうか…心配だ。

渡辺氏の前に同じプリンツでやる岡美里さんもお友達(一方的に…)。美貌と知性と創造性とサブカルッ気とマゾッ気を持ち合わせた稀有なアーティスト。

また東京ではもりわじんさんという人が展覧会やってる。

彼は、僕が二十代後半、日建設計で悶々として、写真活動にあけくれていたときに会った人。何か言ってもらおうと、彼に、僕の撮った写真や、書いた小説などをみせた。彼は一言「建築なんてやめちまいな…」と吐き捨てるように。また「目標なんて持つな、つまんねえ時間が発生するだけだ…」

そういう一言一言、一生心に残る事を言ってくれた恩人。

10年ぶりくらいだが、彼に謝りにいかねばならない。そして、こう言おう…。

「すんません……建築家になっちまいました…あっ、いや、大丈夫です……魂は売ってません…」


これから、毎日、彼の絵日記を読むと思う。まだ読んでいない、少し読むのが恐い、自分の胸に、ズキズキきそうな予感が、もう、している…
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  2005年4月27日(水) 鎮魂
確認申請の修正書類をまとめ、両国へ。

ちょうど昼時、こんな時間に役所に行くと、だいたいの役人さんがいやな顔するので、春ウララの隅田川を眺めながら、周辺をぶらつき、伊東忠太設計の慰霊堂へ。

関東大震災で約5.8万人、東京大空襲で10万人計16万人の魂がここ鎮められている。広島の原爆による死者が14〜20万人だから、その数からすれば大変な事である。しかし、東京にいると、その大変さを感じなくてもいいようなシステムになっているな…。

むしろ、テレビをみて「わ〜いっぱい死んでる〜」という方に皆リアルを感じている。

悪い予測。広島は原爆を後世に伝えるための役割を世界から担わせられているので、観光都市として伝え続けることができる。

東京は今、というかこれまでも「震災ネタ」や「空襲ネタ」は金にならないので、常に、消去、といった感じか…。

リセット……好きなコトバではない。

東京に住んでいるなら、一度はこの慰霊堂、行ってみてください。いかつい忠太の建物に比して、慰霊のされ方が簡素で、なんとも不思議な感覚におそわれます。

なんてことを考えながら、蔵前警察署、駒形の浅草消防署、上野の台東区役所を巡る(大江戸、役所めぐり)。若干、消防署にて若い女性の空威張り職員さんにいじめられたくらいで、他の人はみんないい人。警察署は、2階からわざわざ1階の出口のところまで見送ってくれた…オレは出所か?それとも別の意味で怪しまれていたのか…
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  2005年4月26日(火) 万物万象
午前、「久我山の家」現場。
強化ガラス、各開口部、ドレインの筋交いとのからみなど調整。
今日もゆらゆらと、水面に映った光を確認。

午後、春雷とともに、見積もりしていただいていた工務店さん来所。
予算より大幅に超過していたので、お互い落ち込む。
お供されていた敏腕秘書さんが、事務所内や本棚をキョロキョロ。好奇心を持っていただけるのは、誠にうれしい。きっと、何か“変な匂い”を感じたのだろう。

昨日から、確認申請の修正作業。面積の解釈、採光斜線云々、換気量計算などなど。普段使わない脳味噌を使い、憔悴。。。

「建築ツウへの道」2刷が届く。
一段落したら、次作の執筆を開始せねば…。

六角鬼丈氏の本が楽天ブックスより届く。送料無料だが、書籍と一緒に、ダイエットの広告などが入っているのが気になる。

本の内容自体は、やはり“寄せ集めの文章”感が否めず、眼をつむるしかないが、最後にマニフェストのようなものがあって、それには“ガツン”とやられた、というより“そう、そうですよね!”と膝を打ち、若干孤立感を減少させるに足る。
以下、少々抜粋。


1) 万物万象とのかかわりはすべて極度な歪曲感、偏見視をもって接するをよしとする。

2) 万物万象はすべて、誇大妄想、迷想無想、飛躍的連想のうえ、掌握するをよしとする。

3) 老若男女奇人変人もしくは並はずれた対象はすべて施主とみなし、かってにその住空間を創造するをよしとする。

4) 盗癖を身につけ、珍品珍説を珍蔵し、かってに意味づけて、かってに転用するをよしとする。

と、八つまでつづく。

テロリストの犯行声明みたいだが、そうではない。れっきとした東京藝術大学の教授の言説である。それが、またいい。
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  2005年4月23日(土) 御趣味は? ベスパと古本と巨大餃子です。
天気が良いので歩こうか、スクーターを駆ろうか迷い、スクーターにする。

歩くと云う行為は、僕にとって若干自虐的、修行的な意味を持っているので、大雪の中や、灼熱の太陽のもとで行われる事が望ましい。

こんな、地中海か、はたまた瀬戸内海のような天気の陽は、歩くのに相応しくない。

広尾、青山、外苑、を抜ける。右へ曲がり、神社庁の横から赤坂離宮まで。ここは、都内で一番“軽井沢をツーリング”しているような気分になる道なので、好んで通る。

四ッ谷から、靖国通りにでて、古本の街、まっ先に明倫館へ。外に出てる安い本の中から昭和28年に彰國社から出た「世界の現代建築」み眼をつけ、ドイツ編、南米編、イタリア・スペイン編の3册を購入。一冊300円(当時800圓とある、相当な値段だ)。

こういう本を、僕は「戦後、仕事のナイ建築家達が、睡涎の思いで、なめまわすようにコレをみていたのだな…」とみる。つまり、昔の人は「何をみて、何をつくったか…」に興味がある。その時々の、発想の、脳味噌の状態に興味がある。

明倫館の地下の建築書は充実している。白井晟一の「無窓」という、自選、自装の本(7000-)や、いつも睨んでいる堀口捨巳の茶室研究(13000-)に釘付けになる…。

どうしようか、と迷い歩きながら、エロ本屋の軒先きで谷崎潤一郎の「陰翳禮讃」の創元社版(昭和20年)をみつけ、100円だったので買う。

それで満足したことにし、知的好奇心を、振り捨て、餃子屋で、巨大な黒豚餃子9個を食し、還俗する。

帰りは、赤坂、銀座、芝、などを通って帰る。
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  2005年4月22日(金) 警察、鉄、坪
朝から台東区役所、確認申請提出。
保健所、消防署、今日はじめて知ったが、警察署にも打合せにいかねばならないらしい。
来週には出頭しよう…。

午後目黒のアイアン・グレイを訪れ打ち合わせ。いつものように浅井さんは、顔を煤けさせてウィーンと一人で何か削っていた。
表札、インターホンカバー、別件の引手の製作方法と見積をお願いする。

帰り際、「今度飲もう」とジャブをいれると「大島さんごっつい飲むって斉藤さんが言ってましたよ」といわれ、いやあのそのそんなでもないです…と。

寡黙なものつくり人の内側をみたくて、触れたくて、飲みに誘うのだな…と思った。

夜、桜の散った目黒川沿いを歩き、GLAMのデザイナー山田健一郎に会いにいく。大樽で飲みながら、彼の痛快な話をたらふくいただく。

彼のやっている「インテリア」デザインは坪80万円…。僕のやってる建築も坪80万円…。もちろん、その建築にはインテリアも、当然含まれている…。

解ってはいるが、あらためて聞くたびになんと自虐的な仕事だろうと、途方に暮れる。
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  2005年4月20日(水) 六
雨がしとしと降っている。
見積もり工務店、構造設計者と電話・ファックシミリにて技術的なやりとりなど。

工務店からの質疑によって、実施設計のぜい肉がとれ、きゅっと締まってくる感じがする。

夕方、N氏より電話。雙徽第でお茶会の予定、建築家の六角鬼丈氏がお越しになるかもしれぬとのこと。

「変態」というコトバを僕は褒めコトバとして使うが、六角鬼丈氏は現在の建築界においてはかなり「変態」の部類に入ると思う。

楽天ブックスで氏の本が紹介されているので引用してみよう。
新鬼流八道(ジキルハイド)叛モダニズム独話(住まい学大系)
著者: 六角鬼丈  出版社:住まいの図書館
「あまりにも真摯な生き方と思考が逆に奇想の建築家となって表われている六角鬼丈が、20年のあいだに書き綴ってきた自伝的エッセイと建築論。いまも初々しさと挑発性を失うことのない自邸および自邸プロジェクトは家相や地水火風空の東洋的宇宙原理を孕みつつ巨大な建築へと展開し、そして再び個人史へと立ち戻ってくる。変動する現代建築状況のなかで円環的軌跡を持続する新鬼流八道的建築家の内面からの声。 」

【目次】
僕との出会い/自邸プロジェクト/八掛空想/地水火風/円心/樹神岩神/空核/雲海山人/新鬼流八道

さっそく注文した。

写真は、三木武夫邸の居間。この「とーろん」とした空間、美が好きだ。
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  2005年4月19日(火) もあれ
午前「久我山の家」現場。
筋交い、金物、屋根下地といったところ。工期の遅れを鑑み、監督の“質疑”も早め、早め。

写真は、中庭の池に反射する、陽を上からとらえたもの。骨組み、足場、の状態から、もう、“僕には”空間の素地がみえている。

「大工さん、みてほら、水面に反射して、軒天井にゆらゆらと、光がゆれてるでしょ」
「ほ〜そこまで考えとるんか?偶然だろ?」
「偶然じゃないよ(笑)」

-神奈川県立美術館 鎌倉館の“もあれ”が、いつまでも頭の中に沁みついている。-

事務所に戻り、現場で示唆されたいくつかの問題を解決しファックシミリで送る。

夜、某邸のインターホンカバーの模型(原寸)をつくる。テーマは「眼」。
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  2005年4月18日(月) どぜう
朝から、確認申請書類などの整理。

夜、「駒形どぜう」に出向き、御馳走になる。
生きたままのどじょうが出てくる、とおどかされていたが、そうではなかった。
とても美味。小さく開いた蒲焼きなどは、その手間を考えると、人間の食に対する執念すら感じられる。

どじょう、あなご、うなぎ、ふな、もろこ、こい、なまず、雷魚…などの話が出る。

子供のころ、雷魚はなぜか「雷魚さん」と、さん付けで呼んでいたことを思い出した。
へら鮒釣り用の長いカラフルな浮子に美を感じていた。

ごちそうさまでした。
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  2005年4月17日(日) サンシャイン
朝、某誌へ寄稿するための「丹下健三氏 追悼文」を執筆する。
雲の上ではなく「もやのかかった」存在について考える。

その気分を断ち切るため、散歩へ。

護国寺に行こうと、池袋へ。サンシャインビル、煙突、繁華街、南池袋、雑司ヶ谷、墓地、高速道路…。

サンシャインビルはやっぱり異様(威容でもいい)だなと思いつつ、結局、ぐるぐると、その周辺を歩く。とくに、雑司ヶ谷辺りからみえるそれは、なんとも好奇心をそそる。

護国寺には行ったが、裏の墓地から入って、そこで迷子になったのが悪かったのか、ちょっとなんというか手順を間違えたかんじ。

お茶室群を形成している月光殿がみたいな、と「見学できますか?」と下足係りの人に聞くと「いやいや(まさか)」と返されて、意気消沈。お茶会に出席する着物姿の女性達をしりめに、退散。

「徳川?真言宗?お茶?」ちゃんと調べればわかるのだろうけど、それだけでは何の脈絡もないキーワードが頭の中でグルグル廻ったまま、護国寺を後にする。

大塚まで歩いて、餃子を食べて、またサンシャインビルまで歩く。

サンシャインビルの足元の大階段には、人々が気持ち良さそうに坐って、ひなたぼっこをしていた。
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  2005年4月16日(土) HAVE FUN !
朝から、頼まれていた(自分でやると言った)表札のデザインおよび、その原寸模型をつくる。“魔女に魂を売った”感じのデザインコンセプト。

久しぶりに、カッターナイフとスチレンボードで格闘する。

紙上のデザインだけでは限界があるので、お宅に出向いて、厚みのある現物を壁に貼って、施主さんの顔色をうかがう、といいながら自分で「むっちゃいいっしょ!むっちゃいいっしょ!」と何弁だかわからないコトバを連呼している。

常に、そうありたいな。

今、ふと思ったが、僕はHAPPYには興味がないが、FUNには多大な指向があるようだ。


※ なんとなくコレを書きたくない日もあるが、更新していなのにブックマーカーの方が4、50人ものぞいてくれているとわかると、やっぱ書かなきゃと思う。義務感は、もちろんない。うれしいからだ。

たまたま拙作「木曽呂の家」の施主さんのホームページをのぞくと、庭で花や野菜をつくっている充実感が伝わってきて、うれしかった。

FUNな生活。素敵な人々。建築家の親和力。
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  2005年4月14日(木) 散髪
午前「久我山の家」現場。
昨日大工さんが散髪をしたな、と思ってたら、監督も散髪をして、頭が小さくなっていた。
「一現場終わったら、髪切んだ」と、いなせに。

毎月、髪切ってる僕からすれば、なんとも、潔さがちげ〜なと、感心。

写真は“復習”。1/30の図面を、現場で、監督が、ルーペを持ち出してみてるから、いやあのその、わかんないとこあったら、言って、1/10にするから…。

自分の頭の中では納ってんだが、現場の人の脳に、注入できていなければ“ゼロ”だ。
かといって、当初から1/10で全部図面を描く事はできない。
標準詳細すらOCMにはない。

現場の人の脳の“ひっかかり”を、早めにとっていくのが監理の仕事。

あくまでも、“早めに”。

付録、最近のOCMホームページへ至る検索ワード。

Redemption Song" 歌詞/OCM2000 OCM/SHARE SPIRIT/hair ridge/インテリアデザイナー 求人 神戸/ソニアパーク 指輪/バルーンテント 設計/建築設計 東京都/玄関引手/現場用 赤鉛筆/高知 建築士 蘭/渋谷区 建築 事務所 /上棟式 挨拶 施主/逗子は/打ち放し アール/大島健二/番線の結束/和風ラブホテル
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  2005年4月13日(水) 焼き印
昼、「久我山の家」現場。少し遅れている現場の状況を把握し、髪を短くしたY大工と会話。今日は、予習。明日、監督がお越しになられるので、明日も現場。

午後、工務店と顔合わせ。また“駒形どぜう”の話が出た。
「今、浅草で工事やってましてね、そうそう、駒形、駒形どぜうの近くですわ」と。

もちろん「建築ツウ」はピクピクッと反応(知ってまっせ…昨日から…)「あああっ駒形どぜうね!」と、江戸っ子っぽい会話に相づち(フフフ…来週は食べに行くのだ…そうすれば『あそこはね〜』って知ったかぶれるのだ〜という心の声)。

早く仕事を終え、昨日残ったキャベツの来し方行く末を考え、スーパーマーケットへ。今日は千切りの上に、かしわのモモの照焼きをのせる。また、明日も食べられるように、レンコン、人参、ちぎりコンニャク、山形しいたけ、安いちくわ少々、若干のもも肉を、鷹の爪とごま油で炒め、醤油とだしとみりんと三温糖と酒で煮詰め、冷まして食べる。そこへ突如いただきものの新鮮な千葉のキヌサヤが来たので、アブラでさっと塩炒めしたものと、だし卵でくるりとまいたものをつくり食す。

TVでT vs Gを観る。開幕十試合、Tは首位だ。素晴らしい。

うれしいので、グローブにOCMの焼き印を押した。
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  2005年4月12日(火) スマナンダノウ
竣工後の資料の整理や、ホームページへのアップの準備、追加・変更の指示書などの作成で一日が終了。

途中、新しい工務店さんがおみえになり、打ち合わせ。

外は冷たい雨が降っている。キャベツの千切りとゆでブタが食べたくなり、スーパーマーケットへ。昨年も、同じ時期に同じようなもの食べていた気がする。
ポン酢をかけて食べる。

昼、あるお誘いで「どじょうは食べられますか?」と聞かれた。「えっいやあのその…好き嫌いはないですが…」「じゃ、いきましょう。池波正太郎を鬼門にされておられるみたいですが、そろそろいいのでは」と、自称江戸っ子のその方はおっしゃられた。

池波正太郎を“鬼門”にして生活していると、どういうことがおこるかというと、“逆に”池波正太郎好きの人の印象が、ずっと頭の中に残るのだ。

たとえばフィンランドの大久保慈さんの「すまなんだのう…」(3/30の日記)とか、実は自分でついブツブツ「スマナンダノウ、スマナンダノウ…」と練習してしまっていたりする…。

契約には至らなかった施主の奥さんが「池波正太郎とか読みます」って言っていたとか…。名前も顔も忘れたが、その一言が、残っている。

なんてことを考えながら、青虫のようにキャベツを食べていると、TVで池波正太郎をやっていて、駒形どぜうがでてきた。そっか、うなぎもあるのだな…と少し勉強。

池波正太郎は、ウナギが焼けるまでの1時間を、川面をみながら、お新香とお酒をちびちびやりながら、イライラせずに待つのだという。

うん、いい時間と空間だ…。上京して丸14年、性格は江戸っ子なみに気が短い。そろそろ解禁するか…。

写真は「逗子の家」4畳半。僕にとって、精一杯の“冷や汗モダン”。4畳半は素敵だ。
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  2005年4月11日(月) ウッカリズムのシンクロニシティー
7時前起床。図面のチェック、コピー等をし、11:00新宿のリビングデザインセンターOZONEへ。コンペで受注した設計は、実施設計終了時に、ここで「設計確認」をうける。
約三時間、工事費以外の問題は特になし、若干技術的に一部ヒートブリッジなどの問題が残る、と自己申告。

終了後施主さんとサンウェーブのショールームへ。我々「建築ツウ」にとっては、「ショールーム」自体がかなり鬼門。あの、受付の「いらっしゃいませ〜」で、だいたい足がすくむ。もちろん、別に何も悪い事はしていないし、むしろ歓迎されるべきなのだが、どうも、自分のスパイ妄想が邪魔をする。

施主さんは新商品の「アクティエス」を望まれたが「面材を自分で交換できる」という自慢の部分が、僕にはどうも納得出来ず、逆に壊れやすく、よごれやすいとみて「ピットが一番でッせ」と薦める。

といいつつ、こういうやりとりが、ハウスメーカーの営業マンみたいで、どうもはがゆい。たぶん、ハウスメーカーだったら値段の高いアクティエスを薦めているとは思うが…。

その後、マクドナルドでハンバーガーをたべながら、図面の確認。あとは本見積が上がってくるのを待つだけ(祈って)…。

夕方、事務所に戻る。

昨日、引越を終えた「逗子の家」施主から電話。「オーシマサン、食器棚入りません」と…。いつもぎりぎりの納まり寸法でやっているのがまずかった。既存食器棚の下部“台輪”の部分のでっぱりなどを考慮していなかった。明日朝、工務店に電話しなきゃ…と思って、今朝「あの〜実は〜設計ミスで〜かくかくしかじか…」と電話をすると「あ、もう現場にいるよ、解決させてもらったよ。」と。

すばやい対応…なんとも、頭が下がる。

実は「蕨の家」でも桐の箪笥が「幅木分」10m+10m=20mmを考慮しておらず、同じミスをした…。

懺悔
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  2005年4月10日(日) 仙霊
午前、惰眠を貪らんと図るが、あえなく目覚める。

午過ぎ、代官山・南平台の三木武夫記念館へ向う。普請道楽N氏のご相伴にあずかり、方円流の「陽春茶会 煎茶席」にまぎれ込ませていただく。

N氏に「ちゃんとした格好してきてくださいや、ホリエモンみたいなんはあきませんで」と釘をさされていたので、押入の中から、なぜか20本ほどあるネクタイを掘り出し、カーサ・カミーチャで誂えた“桜色”のボタンダウンのシャツに、煎茶色のニットタイをあわせ、やや柔らかくする…若干コステューム・プレイな状態。

三木武夫が首相になったのは僕が10才の頃。最初の総理のイメージは田中角栄、次が三木さん、次が福田さん…大変な時代だ。

いわゆる“リビング”の立礼(りゅうれい)の席でイスに腰掛け、まず、日本一早い鹿児島産のお煎茶をいただき、ついでと15畳ほどの座敷きにて、玉露をいただく。

単純だが、玉露の味は、五臓六腑に染み渡る。

煎茶の精神“清風”のごとく、春三番くらいの、風が座敷きに流れ、お庭にはサクラの絨毯。めったに口にする事はできない「長命寺の桜餅」をいただき、“仙霊に通ず”by 廬同…。
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  2005年4月9日(土) 引渡し
10:00「逗子の家」到着。桜吹雪が舞う中、施主さんへ建物を引き渡す。

サクラの花びらが、家の中にもちらほら、その、かわいらしさにやられ、果たして掃除すべきかどうか、迷う。

午後、「浅草の旅館」「久我山の家」「鵠沼の家」の施主さんにおこしいただき、御高覧いただく。皆、これからできる自分達の建物を想像しながら、じっくりとみてらっしゃった。

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  2005年4月9日(土) 脳
ゆっくりと、写真を撮りながら、午後の陽光の中で、自分の“脳内庭園”に浸り、触れる。

“瞬間最大”歓喜の余韻を楽しもうと、おこしいただいた「建築知識」のO編集長と「鵠沼の家」施主とスタッフ2名とともに、逗子の駅前で“快飲”する。
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  2005年4月8日(金) あ〜〜ざ〜〜す
朝から現場監理の記録などをまとめる。
昼、「逗子の家」現場へ。13:30より、役所の「完了検査」。“難無く”合格、もちろん若干の“お目溢し”はいただいたが…。

そのまま、17:00過ぎまで現場に。まだ、建具、電気、水道、塗装、大工、サッシ、タイルの職人さんが、最後のつめをやっている。

“検査”というよりも、そこにある程度の時間“いる=滞留する”ということが重要だと、最近思っている。あちこちを触ってみたり、なぜてみたり、のぞいてみたり、扉をバタバタしめたりあけたり。

明日は引渡し、若干の残工事はあるが“想定の範囲内”。

事務所に19:00に戻り、浅草の工務店と打ち合わせ。

終了後、「蕨の家」の工務店の取締役から電話が!
「蕨の家」が無事終了したので、「浅草の旅館」の見積をやってくれるかな…と不安げに図面を送付したら「あ〜〜ざ〜〜す!(ありがとうございます)」と元気の良いお返事。是非やらしてください!とのこと。涙。

設計事務所の仕事なんか、ビジネスとしては全然うまみはないはずなんだけど、一件やったあとで、また楽しんでやってくれる…というのは、建築家冥利につきる。

写真は「逗子の家」。お隣の敷地に入って、写真を撮った…住んでるとみえない部分だが、なんかコレ“建築家住宅”っぽいと、思ってる。
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  2005年4月7日(木) 満開
朝から、バンタンデザイン研究所の授業カリキュラムを編む。
夕方、講師会。インテリアデザイナーの和田浩一氏、商業系のデザイナー武井博義氏、ナガヨシノリヤスさんらが集合、皆で今年一年同じ学年を担当する。

僕の担当は「住空間建築((9坪ハウスの設計))「空間デザイン史」「空間法規(建築知識みたいなもの)」&「卒業制作」

バンタンデザイン研究所は学校法人ではない。普通の株式会社である。そこが、おもしろい。ダイナミックにそして柔軟に、毎年変容していく。

今年から中目黒校舎から、恵比寿校舎に変わったので、ものすごく近い。ありがたいことだ。

終了後、和田浩一氏と飲みに行く(昨日も会ったな…)。いろいろ、仕事の事、スタッフの事、業界の事、今年40才になること、今後のことをとっぷりと語り合う。

写真は「逗子の家」の桜、満開だ…。
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  2005年4月6日(水) キッチン
朝から「蕨の家」へ向う。引越し見舞いと、若干の届けもの。

現場から数百m離れたところでインテリアデザイナーの和田浩一氏のキッチンの現場があるというので、時間を合わせて拝見させていただく。
人が働いているところをみるのは、おもしろい。

しかし、すごいキッチンだナ、ステンレスの見付が10cm近くもある…しかも、3段。
どうやってつくったのか、いろいろおうかがいする。

夜、花見。
OCM流は、ギターを持って、“ながし”のように、勝手に、知らない団体の花見におじゃまし、即興で弾き語るという…。
まあ、修行のようなもんだ…。
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  2005年4月5日(火) 五分咲き
朝、7時に起きて、図面を描く。もう仕上げねばならない。

午後「逗子の家」。竣工まであと4日。やばい(何が?)、一年に一度の借景として考えていたサクラが5分咲だ…あせるぜ!あえて満開の日を引渡しに選んだのだ(うそ、偶然)。

監督と大工さんの顔に疲労の色が…しかし、みんないい顔している(勝手に思ってる)。あと一息。

写真は、職人さんたちの、休憩の様子。ロートレックやドガに描かせれば、いい絵になると思う。

建築家は“空間、空間”とわけのわからないコトバを使うが、この写真のように、無意識のうちに、職人さん達が、坐る、その位置、向き、高さ、人間関係…そういうものを“操作”することが“空間をつくる”ということなのだと思う。

よって、常に“観察”が必要。
散歩も観察、TVも観察…。
そう、OCMのOは OBSERVATION、YMCAのYはYOUNG…ずっと昔から決まっていること。
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  2005年4月3日(日) 沁みる
朝、7時に起きて、図面を描く。建具表など。
框戸、障子、襖、フラッシュ、格子戸、鏡戸、ツインカーボ戸…種類が豊富。

14:00「浅草の旅館(簡易宿所)」施主夫妻来る。実施設計の最終確認。
19:00まで5時間つづく。体力(いや脳力)の限界にて、終了。近くのフランス亭に肉を食べにいく。

夜、TVで河井寛次郎の特集をやっていた。

「新しい自分がみたいのだ」

「毎日新しい自分になりたいから、“仕事”する」

という、河井のコトバが身に沁みた。こんなコトバが心に沁みるから、“多棟系”にはなれないんだな…。

そのコトバ(金言)をかみしめながら、トコにつく。
自分は“外”にはない。自分は自分の中にしかない。

TVのいいところは、無作為、無選別に自分の中に情報が入ってくるところ、いわば事故のようなもの。知らない街を散歩する感覚に似ている。

と、8500円で買った10型TVをほめる…。
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  2005年4月2日(土) Much more !
朝10:00より「蕨の家」引渡し。
前日、すでに施主さんは工事残金をお振込になられていた。涙が出るスマートさ。

“勝ち負け”というコトバは、ちょっと嫌だが、仕事においてはどこかで“勝ったら負ける”“負けても負ける”って心掛けているところがある。

ずっと“勝ち続けよう”としている人と仕事をするのは、正直、しんどい。“お金払ってんだから、骨の髄まで吸い取ってやる…”って匂いがすると、いやになる。工務店でもお施主さんでも、設計者でも…。

「蕨の家」においても、契約時100万円以上出精値引していただいた。頭が下がり、それによって救われた。しかし、現場ではシビアにせねばならない。が、ゆずれるところは、ゆずる。むしろ“負けられる”ところを、探している感じだった。

値引きしてんだから…という態度が工務店にみえても、そこは、もう、激怒である。みんなが、“負けても負ける”という気持ちでやらないと、ものごとは上手く行かない。

“得”をしたければ、“負ける”ことだ、そして“払う”事をおしまないこと。払うとはもちろんお金だけのことではない。

そういうことを、つくづく感じ、そう信じて仕事をやることが重要だと感じたプロジェクトであった。

昼過ぎ、事務所に戻り、ひたすら図面。疲れるほど、楽しい。賑やかな“天井伏図”決してシンプルモダンな建築家ではないな…オレは…。

Much more ! more ! more ! more !
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  2005年4月1日(金) 整合性
4月だ。いくつか事務処理をしたあと、いつものように、図面を描く。

平面図、矩計図、構造、設備、電気、展開図、天井伏…すべての図面をくるくる巡回しながら、図面を描いている。

完璧な図面の整合性…。未だ、見果てぬ夢。

写真は「蕨の家」の1階の天井。構造材あらわしで“ブルータル”なところに、蛍光灯を入れ“けんどん式”でワーロンシートをはめる。原始的で、安価で、すこし“かぁいらしい”。

基本的に“他人のデザインした”照明器具を、これみよがしに使うのがしゃくなので、こういう方向に向う。お子さんとか、高齢者がいらっしゃって、単なる間接照明で照度が確保出来ないときなどは、特に、こうする。

しかし、コレ実は配線が大変。天井裏がまったくないので、2階の床に10mmくらいのOAフロアのような配線層をつくって処理している。

明日は引渡し。晴れるといい。
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