OCM一級建築士事務所
 

2005年03月


  2005年3月31日(木) ブルーノ・ガンツ
朝、8時から図面を書く。

午後、「蕨の家」竣工検査。
ほとんど、検査することもなく、残工事項目は“想定の範囲内”の数点
引渡し2日前なのに、竣工写真から書類関係すべてが揃っている。
すばらしい。
施主さんもごきげん。

しかし、こちらは“そわそわ”。
一週間前には埃だらけの現場だったのが、今日は、すべてがきれいに出来上がっている。写真をパシャパシャ。

1年と3ヵ月かけて、図りに図りて、自分の脳内とはじめて対面する瞬間。

つねに、予定調和的でない設計をこころがけて“苦しんでいる”ので、当然、その感慨もひとしお。

ブルータルで繊細、自分で言うな!という声が聞こえるが、自分で言わずに誰が言う。ここは、日記、酔余漫筆、建築アカデミズム番外地。

ますます、ガイジンっぽいニッポンが表現できるようになってきた、そう、確信的に。心の奥底にはブルーノ・タウトやアントニオ・レーモンドな感じが、ある。でも、直接的には参照しない。あくまでも、そんな感じ。

サイケデリックな日常生活を送ったイス生活の昭和40年生まれは、すでに、ガイジンなのだ。その、認識から、素直にスタート。

まだ、スタートだ。
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  2005年3月30日(水) “想定の範囲内”では生きられない
一日中図面を描く。

エクスナレッジ社O編集長と、メールのやりとり。建築ツウの次の企画、大島本第4弾。ここからは、サドン・デス、失敗したら次はない。
何度かやりとりしていたが、今回のO編集長の企画は秀逸、大爆笑。

「書きたい!」という気持ちが、急激に昂る。この時をまっていた。

かれこれ「建築ツウへの道」を書き終えてから、もう一年以上経つ。“もう、書く事はないだろう?”と、ずっと自分を追い詰め、“そんなことはない…”という独り言のような弱々しい心のコトバ。

街の暗騒音に耳を傾け、池の水鳥に話しかけ、線路に問い、海に乞う想いで日々を過ごし、つれづれなるままに、日記を綴る。

他称“目次作家”としては、さっそく目次づくりを開始する。ネタ帳のようなものだ。思いついたらどんどん書き足していく。
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  2005年3月29日(火) サクラは咲いたか、YMOはまだか
午前中、図面を描く。今日は、鉄骨階段の決着を試みる。

午後、「逗子の家」現場。いつものように15:00に現場へ。
竣工まであと11日、仕上げ最終段階。足場もとれ、はじめて、その姿をあらわす。

写真は、例の階段。
力桁を中央でなく、窓側に、非対称にずらし、かつ吹寄せ(2本)にすることによって、その荷重を軽減させてみせる。
つまり、この撮影の位置、玄関からの、“視圧”(造語)を感じて、形が決定されている。

かといって“スケルトン”だとか、“鉄骨で薄く、細く”には、逃げない、しっかりとそこに踏み止まる。

たとえば、人が、近寄って来ると、触れていないのに、何か圧力、気配を感じる…それがそのまま形にあらわれる。

よって、上から縦吊子(たぶん造語)によって吊られているが、その末端は、ボルトに変化し、視覚的には消えていく。そう、ここでは一瞬、鉄に頼る。

黒猫なのに、足先だけ白い、そう、ソックスを履いたような猫、なんとなく、歩き方が軽やかな猫、そんな感じ。

以上は、あくまでも“感想”である。設計中にそんな、コトバの世界は存在していない。勘と感覚とエンジアリングにたよる。

大工さんや、監督が、おうちに帰って、この日記を家族にみせて「ほうら、今、こんな仕事してんだ〜」と、言ってくれれば、この日記の大きな意味がある。

本当は、こういう“実際のデザインの話”は大好きなのだが、そう、宮脇檀みたいなやつ。しかし、まだまだ封印。いっぱいためて、ドカン!とやる。

逗子、桜山のサクラはまだ咲いていなかった。
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  2005年3月28日(月) アメ、イヌ、デンキ
ある天気予報では“雨、時々止む”とのこと。表現が自由でよい。

一日中図面を描く。
夕方、髪がのび過ぎたので、切りにいく。
美容室の犬と遊ぶ。犬は遊び疲れて、僕の膝の上で眠る。

おそらく、人々は僕のコトを犬好きとは思っていないと思う。
ただし、それは、違う。“犬好き”というコトバがおかしいだけで、僕はなんでも好きだ。それでは“好きだ”ということにならないのであれば、子供もオトナも犬も猫も、対等だ。

だから、僕より高い服を着ている犬をみると、嫌悪感を覚える。それは、対等ゆえの感情の動き、いいかえれば嫉妬のようなものである。

「なぜオレはイヌより安い服を着ているのだ…」という自問

あとはずっと、図面上で電気、照明のことを考えていた。
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  2005年3月27日(日) 復活祭 満月
朝から図面を描く。

午後二時、谷保駅にて「浅草の旅館」施主夫妻と待ち合わせ「雙徽第」を訪問。
忙しい「雙徽第」主人N氏の時間が、たまたまぽっかりと開いたのをみはからい、施主×施主を企てる。

天気が良く、気持ちよい。谷保天神の梅林はもう散りはてていたが、ニワトリは元気よく走りまわっている。うららかな陽光の中、小川と、たんぼの中を歩き雙徽第へ。

何十回となく、通いなれた道、竣工後2年以上経ち、徐々に難工事の痛みが消えかけていることを感じる。

浅草の施主夫妻に「雙徽第」を隅々までみていただく。N氏もごきげんよく、吉原、浅草、領土、従軍慰安婦、鬼、なまはげ、天狗、ホリエモン、美術品などについて諧謔的にお噺される。

夕方、事務所に戻り、「浅草の旅館」打ち合わせ。前回打合をすっとばしてしまったので、今日はトコトンコース、だがさすがに22:00前にには終了させる。「来週また…」ということで別れる。

この一週間が勝負。
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  2005年3月26日(土) 駄洒落
朝から図面を描く。

12:30「幡ヶ谷の家」施主さん家族がおみえになる。
近所の体育館でお子さんのバレーボールの試合があったとのこと。同じ渋谷区民であることで、親近感をおぼえる。表札のデザイン等打ち合わせ。
ティム・バートンの絵本を託され、今までに描いた事のない“魔女っぽい”感じのレタリングに挑戦する。
かつ、工務店との残務処理について確認。
「もうすこししたら、屋上ビヤガーデンしますから、来て下さいね」とありがたいお言葉いただく。

お子さんが、僕の持ってる“銚子の穴あき石”に興味を示す。「コレチョーダイ!」と言われたのに、オトナゲもなく「やだ」と建築家。

石好きに、子供も建築家もない(笑)

かわりに、銚子の軽石をあげた。


15:00「久我山の家」打ち合わせのため、高井戸へ。見積もり、契約、着工のあわただしさの中で、細かい変更点等をお伺いすることができなかったので、重要な打合せ。
タイミングをみはからって、うまく現場に指示を出す事が、僕の仕事。

夜、中華屋で海老焼そば、ナスの香り炒めを食べ、紹興酒を飲んで、一日を終える。

「こども“だまし”(駄菓子)ですから…」とか「取っ手つけたような取っ手」とか、今日一日に使用した駄洒落のキレ具合をかみしめながら寝る…。
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  2005年3月25日(金) N
朝から図面を描く。
一日集中できると思っていたが、そんな日はまずない。完了検査申請書を急遽作成したり、雑誌に掲載する写真を探したり… ということは、日々ある。
それを想定してスケジュールを組まねばならない。

夜、デザイナーの松永路が来所。旅館のロゴ等の打ち合わせ。『建築ツウへの道』が増刷されるので、ウキウキしているみたいだ。21:00頃、「次があるから〜」とお帰りになる。この時間から「次がある業界って大変だな〜」と思いつつ、イラン戦をみる。

基本的には“野球人”なので、さしたる感慨はない。最後の方は、ほとんど寝ていた。

「日建設計に野球で入った…」というのが、僕のとっておきのギャグだ。
実際「日建設計野球部」に所属し、リーグ戦にもでていた…。
シマシマのユニフォームに、Nのマーク。僕はユニフォームフェチでもある。

小学生の時は野球のユニフォームデザイナーになりたくて、いっぱいスケッチしていた。

※写真は、上野、国立博物館の九条館の中。正座して、坐っているところから見える、天井-壁まわり。カモイ-ヒバタ-ナゲシ-クギカクシ…情報の渦

障子張りの白と漆喰の白と天井奉書紙貼りの白の違いに食い入る。
我々、カラーリングという概念はあまりない、モノの色と経年変化の色に興味あり。一年経てば、モノの色は変わる。

“張り”と“貼り”の違い、みなさん区別してますか?
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  2005年3月24日(木) うねる世界
朝から、図面を描く。
午後、「久我山の家」現場。化粧垂木の具合や、屋根下地を確認。
別にうねってはいないのだが、写真に撮るとうねった感じがでて面白い。

現場に行く途中、一駅、2分の渋谷駅で降りるのを忘れそうになったり、井の頭線乗り換えなのに、半蔵門線の方へいってしまったり、かなりどうかしている。
でも、ふと思った…。そのまま、進んでいけば、どこへ行くのだろう…、気付かなかったら、どうなるのだろう…と。
ちょっと、その先きがみてみたい気がおこった。おそらくそれがシュル・レアリスムの世界だと僕は思っている。

『建築ツウへの道』が増刷するらしい。めでたいことだ。
O編集長他、世話になった人に感謝せねばならない。
祝いの宴席を設けねば…。

恵比寿のギャラリーSITEのホームページがリニューアルされた。
なんとオーナーのサイト−君が日記をはじめた。かなり、“そそのかしたら”本気になったみたいだ。めでたいことだ。
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  2005年3月23日(水) ファンレター
朝から図面を描く。今週末は打ち合わせラッシュ。がんばらねば。
午後「蕨の家」現場。今日は寒い。本当に本当に小さなことを解決していく。蛍光灯間接照明の安定器の位置等…。

まさに微分的な営為、最後は、柱のキズ一つの攻防となる…。

デッキ材の柵?手摺?が取り付き、ほぼ、外観の全容を現した。この瞬間、緊張する。

いろいろあって、「蕨の家」も竣工までに1年と3ヵ月かかった。ほぼ一年前に構想したものが、今現前と、立ちあらわれる。いろいろデザインの仕事はあるだろうが、これほど精神的耐久力を必要とする仕事は“最近は”ないと思う。しかし、それでも、建築の世界においては住宅は、早い。この早さが好きで住宅設計の道を選んでいる人も多いに違いない。

一年前考えていた事に、責任を持つ事、かつ数十年持ち続ける事、当たり前だ。それが仕事だ。

ただし、建築家も人間なので、その間に当然精神的なブレは大いにある。ないと“多棟系”になることができる。

そんなことを考えながら、事務所にもどると一通の手紙が届いていた。差出人は、杉並の「I図面屋本舗」さん、とある。
お手紙の内容によると、CADオペレーターなんだけど、事情があって個人事業にすることになり、屋号をつけねばならない、そこで「建てずに死ねるか!建築家住宅」をたまたま手にして読んでいると「図面屋本舗系建築家」のくだりで、「これだ!」と思われたらしい。

むちゃくちゃうれしい。なんとも“カラダを張った”ファンレターをいただいた感じだ。そう、「あの〜ファンなんで〜腕にOCMってタットゥー入れたんですぅ〜」ってくらいうれしい。

下記参照のこと

「彼ら『図面屋本舗系』の建築家たちは別に自分たちのことを『図面屋本舗系』であるとは認識していないので、設計事務所名が『〜図面屋本舗』となっていることはない(当り前だ)。云々」
『建てずに死ねるか!建築家住宅』p.89大島健二著(エクスナレッジ刊)

なってしまったのだ…。

次回、「建てずに死ねるか!建築家住宅」が増刷される際には「事実とは若干相違があります」とキャプションつけなきゃいけないな(笑)。
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  2005年3月22日(火) 訃報
朝から、「逗子の家」現場。バタバタしていてカメラを持っていくのさえ忘れてしまった。難解な階段がみごとに組み上がっていた。美しい。Y大工の腕はたいしたものだ。
ハデでも、力学的にアクロバチックでもないが、見た事のナイいい感じ。

竣工が楽しみだ。

18:00ラジオからの訃報。建築家 丹下健三が亡くなったと。
半世紀にわたって、ニッポン建築界のドンでありつづけた人物。
メジャー街道の全てをやりとげた建築家。
91才、大往生。

個人的には、僕はもう少し上の村野藤吾的生き方をしたいと思っているが、それにしても一つの時代が終わったことには間違いない。

御冥福をお祈りします。   「建築ツウ」より
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  2005年3月21日(月) 築〜年
朝から図面を描く。かなりゲインした。

17:00過ぎ、春の空気をちとは吸おうと、“築32年”のVESPA SPRINT 125を駆り、街に出る。

このスクーター、バッテリーがない。“本当の”車好き、バイク好きなら理解できると思うが、フツーの人には理解出来ないらしい。
極寒の季節、しばらく乗っていなくても、バッテリーがあがるということがない。こいつは、ひたすらキック一発で働きつづけねばならない運命にあるのだ…。

VESPAを乗っていて感じる事。ものごとは原始的な方がいい。
なんたって“32年落ち”のイタリア車ですよ?
住宅だって原始的につくっておけば、手入れすれば30年だって50年だってもつ。

住宅。施主さんは「何年もちますか?」と建築家に問うが、そんなことは知らない。「あなたは何年もたせたいのですか?」と逆に聞きたい。そして「もたせたいだけもちます。」と言いたい、愛しただけもちます。もちろん、愛するには金がかかる。少なくとも車にかける年間維持費くらいは住宅にかけてもよかろう。なぜ、みんないやがるのだろう。ステンレス魔法瓶じゃないんだから…。

愛と思想の問題だと思う。

車だって壊れるまで、廃車になるまで乗るべきだ。下取りの値段気にしながらの人生なんてやめたほうがいい。僕は20代ので2台のクルマを廃車にした。白いクラウンは、第二神明で白い煙りをあげ、FRのジェミニは、ギヤがぶちこわれた。(もともと廃車寸前のものを二足三文で購入したのだが…)

ついでに古いもの話し、僕のオーディオアンプはサンスイのAU-207、中学生の時から使っている。まだ25年くらいだ。買い替えるという発想はまったくない。

学校において。「就職したらすぐに使える知識!」を中心に教えている講師がいらっしゃるが、僕は違う。「就職したらすぐに使える知識!」はおそらく1年、いや3ヵ月くらいで消費されてしまう。

10年、20年経っても、なんだかこう違和感があって、ひっかかったままの「コトバ」だったり「考え方」を提示していきたいと思っている。

VESPAでぶっ飛ばすと、思考も若干ぶっ飛んで、クリア過ぎて、ピュアーになっちまう。
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  2005年3月20日(日) 喫茶去
朝から、上野国立博物館へ。目指すは裏の庭園。

春草廬は、シンプルでなかなか良かった。“幻の”転合庵は、仕舞っていて中がみられず。移築されたのが、昭和38年ということもあってか、なんとも安普請はいなめない。アスファルトシングル葺きであった…。池に面して晴れやかであるので、さぞかし小堀遠州好みの窓の多い明るい茶室であることは想像にかたくない。

まずは、受付の九条館へ。もと九条家の屋敷であったという。その中で普請道楽N氏は「八島」を舞っておられた。どこでも舞ったり、茶を入れたりする人だ、ホントに、この人は…まさに文人だな…。

おいしいお弁当をいただいたあと、「六窓庵」へ。窓が六つあるから「六窓庵」と、なんとも八つ目ウナギみたいな名前だが…。

裏千家の小林宗善氏が席主、ご相伴させていただく。
3畳台目の空間、六つの小さな窓からの灯りが素敵…といいたいが、ブラケットの照明が不粋で残念だった。大寄せのせいもあるが、お茶のうまみよりも、どうも空間認識の方に気が散って、いかん。調査くささ、「建築ツウ」くささが抜けない…。利休の意には反しているな…。

しかし、その無為になることのできる空間をつくる側の人間には、やはり作為は必要だろう。そうありたいとは思うが、設計は無為にはなかなかできないもんだ。

外国人の方が給仕にあたっていたので、なんとなくネットで調べると、ランディー・チャネルという人だった。

帰り、不忍池を通って、湯島、本郷、お茶の水の方へ歩く。ギターをみて古本をみて、天鴻餃子房で餃子を12ケ食べて、一ツ橋、竹橋、千鳥淵、半蔵門まで歩く。

いつも思う、餃子は完璧な食べ物だと…肉、野菜、炭水化物…
茶室に似ているナ…。

餃子は食った…茶室が欲しい…。
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  2005年3月18日(金) 原理主義
朝から図面を描く。ひたすら描く。
工務店のオープンハウスとか、行った方がいい用事もあるのだが、できるだけキャンセル。
工務店の仕事みて云々するまえにテメエガ図面を仕上げろ!と喝!

夕方、VDIのカリキュラムの打合せ。和田氏と御一緒する。彼が、住空間インテリア、特にリフォームなどを中心に、ぼくが住空間建築、たぶん建築として住宅をとらえた授業内容にしていくのだと思う。キャリアスクールを辞退した分、小さな授業が増えている。「歴史」「法規」「実習」。

事務所に戻ってから、すこしメモ程度に企画をつづる。以下。

【空間デザイン史】(デザイン原理主義的に)
§美しい空間
スライドショー(ノンジャンル)
光、水、色、形、経年変化、歴史、自然、都市、ゴミ
§タイポロージー別
●建築の根源
□奇景□神のよりしろ/柱、石□墓/ピラミッド、古墳□王宮/富、権力、宗教、政治経済□塔/バベルの塔・神への挑戦、高層ビル9.11
●住居の根源
□巣(動物)鳥、ビーバーの土木□地中、洞窟、横穴□木の上、水の上、氷上
※在る材料を使う、土着的、ヴァナキュラー
●私的建築の病
□D・I・Y□ガーベッジ・ハウス(蕨、岩窟王、シュバルツ)
●限界への挑み
□大架構□橋□システム工法(セキスイプレハブ、ケーススタディー、実験住居)

§デザイン思潮別(時代・うつりかわり)
□デ・スティル□シュル・レアリスム□モダン□ポップ□ミニマリズム

§デザイン方法論(何がかっこいいのか)
□ クラシック・歴史主義(古典)/優れたものの模倣・典拠・準拠□マルチプル/連続、増殖□置換(デペイズマン)/あるべきではないこところにある、あるべきところにない□過剰、欠如□抽象化・具象化□素材フェティシズム

などなど。企てている本人がワクワクするのだから、いい授業になると思う。

あまり最近散歩をしていないので、写真がない。スケッチブックより、豪快そうにみえるオオシマの、以外と“ナイーヴな”数寄屋エスキス。こういうスケッチをもとに、図面化する。
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  2005年3月17日(木) 遊
朝から図面を描く。ひたすら描く。
夕方、新宿へ打ち合わせ。

日曜日、普請道楽のN氏のご相伴に与り、上野の国立博物館の裏庭で“遊ぶ”予定です。
春と秋の特別公開で、茶室が点在する庭園が散策できます。
僕は、九条館でN氏の舞を拝見し、何やら講演を聞いて、「六窓庵」にて、裏千家のお茶会に出席の予定。11:00〜15:00ころまで、胸にリボンをつけてブラブラしてます。
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  2005年3月16日(水) 紺
朝から図面を描く。実施設計の海にどっぷりと潜る、気分は“わだつみ”、かなり深海。

午後「蕨の家」。完全に春。足場をとりはずし、外観があらわになる。道行く人々、みな振り返る。80年代っぽい、明解な幾何学的整合性、レクタンギュラー。
外構などについて打合せ。外観が特異な分、外構は近隣に合わせたブロック+フェンスにしようと。

色についてのゆるい話。
「蕨の家」と「逗子の家」は隠れた共通性を持っている。いや隠れていない、みればわかる。“紺”つながりだ。施主用語でいうところの「和」「モダン」の中間を求められたとき、に発露する色。これも施主言葉でいえば「カジュアル」ということになろうか。いわば、僕のいつもはいているジーンズの色だ。

もしくは、近隣の状況、コンテキスト的に、ある程度自由に振る舞う事がゆるされる敷地。

鎌倉では炭灰色かもしれないが、逗子では紺が望ましい。

まったく論理的ではない、ゆるゆるの感覚。つまり、勘。
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  2005年3月15日(火) 修了
11:00「逗子の家」現場。造作、家具などがとりつき、塗装作業等の仕上げ段階。
大工さんと階段の取付方法などに関して確認など。
借景として期待している隣家の桜が、まだ咲いていない事を確認して現場を後に。
帰りの電車、うららかな陽光が眠りをさそう。

その足で渋谷へ、バンタンキャリアスクールの修了展発表会。
前期に引き続き、わがCクラスの学生が最優秀賞を獲得。感無量。

厳しい授業で、随分と離脱者が増えたが、残った学生にとっては、有意義な一年であったに違いない。

そうそう、デザイナーの形見一郎さんが来られていた。

インフルエンザはゼンカイ(全開、全快、全壊…)
山積みの仕事に、武者震い。
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  2005年3月14日(月) The Go! Team: Thunder Lightning
朝から図面を描く。
午後、提出し損ねていた確定申告書を出しに、渋谷の税務署へ。一瞬で終わる。
帰りにHMVにて、ラジオから流れてずっと気になっていた「THE GO! TEAM」のCDを購入。事務所に戻って聴く。最初の曲の「LADY FLASH」がラジオでかかっていた曲。
ソニックユースとジャクソン5とステレオ・ラヴとファット・ボーイ・スリムを混ぜ合わせたような、なめた感じのインスト中心BRIT POP。黒、白、黄色の女子三人と白の男子3人の計6人組。こんな風に書いているからといって、お勧めと勘違いしないで下さい。せまいせまい、ピンホールの世界ですから。

でも、どうやら「THE GO! TEAM」はFUJI ROCKに出るらしい。僕は行かないが…時間と体力がない、あと、よぼよぼになった古のアイドルをみるのが嫌だからだ…。
柱がじゃまなクアトロくらいに来てくれれば行くのだが…。

流行性感冒は、治った、と思ったら連れ合いに遷っていた。
晩飯をつくるため、スーパーマーケットへ。売り場で高級そうなインド人に声をかけられる。

「エクスキューズミー、ソイソース?ドレですか?」
「ああ、コレ、いや、ヴォアラ、いやヒアーリーズ」キッコーマンを手にとって「ジャパニーズ・ナンバーワン・ソイソース、ヴェリイ・ポピュラア〜エン チープ・ワン ¥191-」
「オウ、サンキュ〜」と高級インド人
調子に乗って、減塩醤油を指差して「ディス・ワン ソルトスクナメ…いやアンダー…いや…」すると高級インド人は「ソルト・レィデユース?」「そうそう、レヂュースレヂュース!」
調子に乗って、丸大豆醤油を「ラウンド・ビッグ・ビーン…」と思ったら、もう高級インド人はいなかった…。

昼、コンビニでカップラーメンを買うと「お湯入れますか?」と聞かれるならまだしも、つまり、職人さんとオモワレテルくらいですむのだが、今日は何も聞かれなかったあと急に帰り際に「スミマセン、、、お湯入れなくてよかったでしょうか、、、、?」と聞かれた。

なんでだ?、オレの背中に、職人シールでもはってあったか?それともジーパンが汚かったか?後ろ姿が寂しそうだったか???

同じ格好をしていて、高級インド人に話しかけられたり、後ろ姿で職人さんだとオモワレタリした面白い日だった。
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  2005年3月13日(日) 規矩
土曜日より、リハビリ。スローモーションで、ステンレス流しを磨いたり、散乱した荷物と書類と頭を整理。
午後各所とget in touch with .
晩、梅干し、卵豆腐、小松菜、エリンギ、鰆などを食す。

日曜日、朝から図面を描きながら、昨日の“妄反省”について、各所修正を加える。
「もう少し生活レベルを上げる」?何のこっちゃ。
「赤いフェラーリ」?いらない。

病人の妄言にはついていけない。

しかし、追加で考えた事。
僕はマネージャーではない。設計の職人+マネージメントもこなす、である。

左官職人が、一気に息を止めて、一面の壁を塗り終わる間、途中で携帯電話に出る事はない。まとめて後で出る。

8時間に及ぶ、大手術、外科医は途中で携帯電話に出る事はない、メールのチェックもしない。休憩時間があるではないか、いや、脳は休んではいない、中断した時点での微細な神経や血管のビジュアル的な情報は網膜から離れる事はない。

長押、釘隠、その上の蟻壁部分、柱の隅を塗り込めると何mmふける、長押上下におけるちりの寸法は、見附は、面落ちで処理するか?、面は何分、大面取か几帳面か…その上の廻り縁の寸法は何に揃える、四方廻してみる、chをどこで考える、施工の基準をどこにとる…尺をmmに置き換える際、端数の処理はどうする…それぞれの材種は、仕上は、入手方法は…価格は…

という脳の状態の時、外部の情報は入り込めない。1畳の設計でも、数時間の大手術と同じような緊張感を強いられる。口伝できない。別の日に、別の体調でやれば、自ずと少し違った答えがでる、そんな世界だ。壮大なニッポン建築という規矩術のスープから、平成17年3月における青二才の銀のスプーン=勘によって、上澄みをすくいとる作業。それがOCMの設計。

晩、かしわ、カニ缶、しらす、小松菜、エリンギ、ねぶか、のり、白米を4品に分け調理し食す。おじやが絶品。加茂鶴の冷を飲む。
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  2005年3月12日(土) 副作用
木曜日から、抗ウィルス剤/リン酸オセルタミビル/タミフルカプセルを服用している。
効果は絶大だが、またその副作用も明らか。

「精神・神経症状(意識障害,異常行動,せん妄,幻覚,妄想,痙攣等)があらわれることがある」

この医薬品・医療用具等安全性情報は
「厚生労働省において収集された副作用情報をもとに,医薬品・医療用具等のより安全な使用に役立てていただくために,医療関係者に対して情報提供されるものです。」
とある。

お医者さんも、薬局の人もそういうことは教えてくれない。自分で調べねばならない。たぶん、各窓口で「これは何ですか?」「副作用は?」「幻覚ってどんなんですか?」「インフルエンザって何ですか?」「A型ですかB型ですか?」「スイス製ですか?」「いつ開発されたんですか?」「どんな臨床実験をされたんですか?ラットですか?サルですか?」「なぜ鼻に棒を突っ込んでわかるんですか?」って、それぞれの患者がやってたら、お医者さんは確実に廃業。

お医者さんに言われた事は

「人との接触をすぐに断って下さい。帰ったらコレ飲んですぐ寝て下さい。」

僕はこういうお医者さん好きだ。問答無用って感じで。つまり、だまって「白旗」を渡された感じ。

本当は「自営業なもんで、休めないんですよ、午後も現場に行かなければならないので、なんかこう一発元気になる注射、いや点滴でもいいから打って下さい」と、いうつもりで医者に行ったのだが、まったく言えなかった。その患者としてのヤラレ感が、なんとも自分を病人だと認知させるには十分であった。

「建築ツウ」的妄想例)
“タミフル”という言葉は、即座に 建築家 横河民輔を連想させる。そのままでは、タミヨコでグダグダなのだが、横河と古河ってのがなんとなくかぶっていて、この薬の開発者はたぶん古河民輔であると妄信するにあたいする。

その他、諸事にわたり、妄想絡みの反省(妄反省)を繰り返す。大島の脳味噌だけにたよっているOCMの限界、番頭の不在、学生がインフルエンザにかかって「幻覚がみえました」っていっていた意味がわかったり、リュックを背負って背中が痛かったり、かぜひかないかぜひかないと日記上で豪語している時点で、すでにもう衰弱していた事、妄想の果てにみえてきたことは、はっきりとした自分の生き方、できないものはできないと言う、過剰な公約で自分にプレッシャーをかけない、追いこまない、事務所の体裁、世間体などつまらないことにこだわらない、もう少し生活レベルを上げる、人と会う回数を減らす、無駄な事=エロス=生きる喜び=封印していたもの=パンドラの箱の埃をはらい、少しずつ、磨く、つまり、赤いフェラーリにでも乗るか…いや、靴でも磨く、もしくは磨くべき靴を買う。

独立した頃、渋谷の駅前の靴磨きのおばあさんに何度か靴をみがいてもらっていたことを思い出した。人に靴を磨かせる趣味はまったくないが、そのおばあさんの職能というものにとても興味をもっていた、つまり、僕にできるか…ということを問うために磨いてもらっていた。

いまでは、もういなくなった。

京都駅の中にも、興味深い靴磨きさんがいた気がする。
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  2005年3月10日(木) 業務連絡
所長、インフルエンザのため、事務所閉鎖中です。
御迷惑をおかけします…。
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  2005年3月9日(水) 上棟
「久我山の家」上棟。
ほとんどは午前中に組み上がったが、“寄せ棟みたいな入母屋のような変形”の部分の隅木?がプレカットでは不可能で、現場で人力であたりを出し、設置。

熱で頭がボーッとしたまま作業を見守る。
「ややこしぃ屋根だな〜」「勾配が全部違げえ〜」「大工を試しとるだろ〜」などと監督さんにやじられながら、建築家は笑みを絶やさず作業を見守る。

作業終了後、施主さんに、立派な宴席を設けていただく。
本来ならば、僕が盛り上げなければいけないところ、何とも、衰弱しきっていたので盛り上げられず、残念!。

※3/12記、リハビリ中
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  2005年3月8日(火) 風邪
朝起きたら風邪をひいていた。春っぽい暖かな日だというのに一日中マフラーをまいていた。

風邪をひかない、ひかないと自慢しているが、実はいつも、しょっちゅうひきそうであった。それをなんとか精神力でねじ伏せて、いただけのことだ。

しかし、打合せや、人との約束はキャンセルできない。

夜、デザイナーの松永路とお友達の長谷川さんと、インテリアデザイナーの武井博義さんがやってきてくれた。デザイン談義に花が咲く。

次の朝起きると、「もうダメだ…」という状態。仕事をしようとするができない。
しかし、「もうダメだ…」と思って、朦朧としながら追加で一時間眠ったら、ぱっちり、ギョロリと目が開いて、何か大暴れしていたものが、抜けていった。妙に、脳がクリア。アスピリンの効き過ぎか…。

そそくさと、仕事をはじめる。恒常的なイライラ感、焦燥感が、少し抜けた感じ。

風邪はひいたほうがいい、と誰かがいっていたが、なんとなくその意味がわかった。
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  2005年3月7日(月) 清貧
朝から図面を描く。

午後『建築知識』のM氏来所。ヒアリングをうけるはずが、彼のハナシが面白いので、ついついこちらからいろいろ質問をしてしまい、4時間弱話し込む…。主として建築事務所の運営、経営、訴訟、スタッフ、不具合などのハナシ。

あらためて、建築家はみんな雑誌の中では笑ってるけど、大変なんだなあ…と実感する。

ちょうど、確定申告用のメモがあったので、コピーしてそのまま渡す。
自分としてはあたりまえにやっていること、普段比較のしようがないことを、第三者の立場でM氏は“診断”してくれる。「オーシマさん〜ですよ。」と、そしてなるほどそうなのか…と。

一番おもしろかった言葉は“多棟系”。
年間30棟くらい住宅を設計している建築家のことをというらしい。
読み方はちょっと気取って“タトゥー系”。
使い方は「そう、わしら“タトゥー系”じゃけ…」とちょっと腕をまくってすごんでみせる…。
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  2005年3月6日(日) 数値化
日曜日。確定申告の書類を、まとめる。
一年にかかった経費等、一年に一度だけ知るいい機会。同じような生活をしていて、なぜ昨年より光熱費が少ないのだろう…とか、うわ、近所のコンビニエンスストア(新撰組)で15万円も使ってる…とか、自分の消費活動が、統べて数値化されている。
自営業ならずとも、生活者としては、この数値を把握する事はとても重要なことだと思う。

夕方、渋谷まで散歩。買わないが、アコースティックギターの“調査”のため楽器屋を片っ端からのぞく。計5件ほど。新しくできた店もあったり、宇田川町のところの楽器屋はなくなっていた…ショックだった。

夜、アキラ君と彼のお友達が遊びに来たので、会食する。
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  2005年3月5日(土) 旅立ち
午前、コンペの図面、コピーしたり製本したり。
14:30リビングデザインセンターオゾンにて、住宅のコンペティションのプレゼンテーション。建築家、3名が集結。

その中にお友達の荒木毅さんも含まれており、今回は実は彼の案とプレゼンテーションをひさしぶりにみるのをとても楽しみにしていた。

僕も、僕らしさを前面に出した案と、プレゼンテーションをし、荒木さんとの違いを大いに実感し、それはとても僕にとって重要なことであった。

“比較、競争”には興味はないが“差異の認識”、これは重要だと考えている。サービス業として、自分の商品価値を認識する事、それは重要。

16:30終了後、目黒の雅叙園へ。VDIの卒業式兼パーティー。
“乾杯の音頭”をとる、という僕らしい大役をまかされているので、ちょっといろいろ昨晩からギャグを考えていた。ポークパイハットでピンバッジ、編み上げのブーツでスカパラ気取って乱入…のつもりだったが…。

“フリースタイルラップ風”…違う…、会場の緊迫した空気を読んで、コレはまずい…と急遽“上方漫才風”に切り替えるが、グダグダの噛み噛みで会場ドン引き、どっちらケ…。

一応持参したワンカップ(200cc)一気飲みで、その場をやりすごす。

まあ、自虐体質、反面教師をポリシーにしてるので、コレでOK、こんなオトナになるなよ!と締め、乾杯!

そして若者達を、社会へと旅立たせた…。
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  2005年3月4日(金) 白
朝から雪。恵比寿駅、暮雪したる風景を、撮る。何やらニューヨークではテロ防止とやらで、駅構内などでの撮影禁止が検討されているらしい。

いやな感じがする。

デジタル機器が普及し、性犯罪などにも使われようになると、結局、写真の普及が、写真を殺す。

終日新宿の学校に出講。来週で授業は終了。頑張れワカゾー達!。

帰り、文庫本「安曇野の白い庭」丸山健二(新潮文庫)を買う。前から気になっていた、なんで丸山さんがガーデニングの本だしてんねやろ…マッチョで孤高でナルシストの丸山健二も、いよいよ、よいよいか…と勝手に思い、がっかりして、手にもとらなかった…。

が、違った。うっかりしていた。実はコレ「施主本」サイコーの家づくり本なのだ。
めったに人に本は奨めないが、コレはいい。普請道楽シールがあったら貼りに行きたいが、コワイので行けない…。
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  2005年3月2日(水) リュック
朝10:00から「逗子の家」現場。今日は幼稚園の体験入学があるということで、お施主さんが現場におこしになる。最後の仕上、左官の塗り仕上のパターン、色など確認。
昼を一緒に海沿いのデニーズでいただく。

デニーズを出ようとリュックサックをえいっと背負った時に、背中に違和感が…。なんだか肋間神経痛のような感じ。

事務所に戻って、リュックサックの重さを調べた。7kg程度…。リュックの容量を・で呼ぶような自称文科系トレッカーとしては情けないかぎりだ…。

体温計は所持しておらず、人が日常的に測る数値には興味がないが、あまり人が測らない数値には興味がある。先日も秋葉原で照度計の前でずっと立ち止まっていた。アナログ式で1万円、デジタルコンパクトサイズで1.8万円…。もちろん高いのか安いのかわからない…。機が熟すのを待つ事にした。
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  2005年3月1日(火) ときわ食堂
午、「お昼を一緒に食べましょう。11:30におこし下さい。」とおっしゃる施主さんの指示通り、西浅草へ。カッパ橋に程近い商店街の「ときわ食堂」という食堂。
「鮭の塩焼、ほうれん草のお“し”たし、けんちん汁、ご飯(並)」をいただいた。
すごくおいしかった。

なんというのか、味が“やさしい”と“ゆるい”の中間の程よい感じ。こねくりまわしたコンビニ食や、全品味の素の居酒屋でも、普段、好き嫌いなく食べるが、こういうところに来ると、“はっ”とする。

なんだか、江戸は味が濃い、なんて偏見を持ってるが、ここは違う、全然違う。かなり、偏見は崩れる。はっきりいってうまい。

かつ、へたに「ち〜ん」しない。ニッポンの食べ物は、そもそも冷めてもうまいようにできているのだということを、ちゃんと、フツ−にやっている。

僕は電子レンジは所持したことがない。今後も所持するつもりはない。もし、見つけたら、捕まえて下さい。「電子レンジ所持法違犯」。

しっかりお酒のメニューもチェックした。「はっは〜〜ん、ビールの小瓶があるな…おっお酒が300円台…現場が始まったら、また来よう…」と密かに、心に誓う。

ネットで調べたけど、「ときわ食堂」の直接的な情報はみつからなかった。

浅草、奥深し…。

※写真は、浅草とは関係ない、just扁額の研究。しかし、カッパ橋には、しっかり扁額用の無垢板が看板屋さんに並んでいた。
帰りは、天気が良かったので、ついつい秋葉原まで歩いてしまった。
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