OCM一級建築士事務所
 

2004年11月


  2004年11月28日(日) 慣れないこと
午前「浅草の旅館」打ち合わせ。御夫妻がOCMに来所。前回は御主人だけで、設計契約するのも忘れてしまったので、今回はちゃんと締結する。かつ、役所との協議にむけた作戦を固める。

今日の施主さんの一言で心に残ったこと。「慣れないようにしている」ということ。

これは「コップが宙に浮かない、ということに慣れない」ということ。「あたりまえ」という概念を疑ってかかることかな、いや疑うというより、あたりまえ、を無くすということかな、今日あるものは、明日ないかもしれないということかな…と、いろんな事象が頭をめぐる。

もう一つ施主さんがよく口にされること、たとえば「最近の若者は…」とか「アメリカ人は…」という言い方で、総体のほんの何%でしかないことで、総体を表象しようとしていることはおかしい、ということ。御意。

しかし「建築ツウへの道」などは、そういった誇張と偏見で満ちあふれている。しかし、その誇張と偏見が「少しでも新しく」「少しでもオリジナリティー」があり「少しでもものに対する新しい見方」が誘発されればいいと思っている。「一般常識ではない」誇張と偏見であれば、いいのではないか。

午後「鵠沼の家」打ち合わせのため、藤沢へ向う。敷地を検分し、お宅を訪問、その後鎌倉へ向い「ジャン・プルーヴェ展」を御夫妻と一緒にみる。

午前中、「和」であった脳味噌を一気に「インダストリアル」に切り替える。

その後鵠沼に戻り、飲食をしながら打ち合わせ。RC打ち放し案、など興奮する話が出て、大いに盛り上がる。

23:00帰宅。遠くで飲んで帰る、ということがあまりないので、不思議な感覚だった。少しだけ長距離通勤者の気分になる。
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  2004年11月27日(土) 原寸
午後、「蕨の家」の小屋組原寸図のチェック。広い作業場のアスファルトの上に描かれた半径5460mmの円弧。現場監督、棟梁、プレカット業者が顔をそろえ、知恵を出し、接合部等の確認を行う。

「原寸図」は最初の仕事「長田クリニック」以来だ。ということは、どうやら円弧(アール)=原寸図という構図が暗黙の了解なのかな、とふと思った。

どちらにしても、各職種の人々のやる気が感じられ、うれしい。この場合も、チェックといいつつ、プレカット業者も棟梁も、設計者の「ツラ」と「意気込み」を一度みておきたかったのだろう。大事なことだ。

夕方、目黒のアイアングレイさんに鉄の玄関引手の打合せに行く。目黒の閑静な住宅街の中にある工場(アトリエ)。古い工場をそのまま使っている。こんなところで仕事がしたいなと思ってしまった。
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  2004年11月25日(木) へそ
午前「蕨の家」配筋チェック。いつもなら、配筋が終わって、鉄筋工さんがいなくなってから検査をするが、今回は作業の途中で指示。設計者の面(ツラ)見せた方が、少しでもいいかな、との配慮。あとで修正させられるよりも、もちろんいい。

行き帰りの電車の中で「横光利一」の短編を読む。ちょうど30分で一編読める。「御身」では、赤子のへそがデべそで、布がすれて血が滲むくだりで、どうにもこうにも読めなくて、一ページ飛ばしてしまった…。「ナポレオンと田虫」では、ナポレオンの腹にできたハクセン(水虫みたいなもの)が気持ち悪くて唸る…。

秋なのに 小春日和の 埼京線にて 我何が悲しくて エグイものを読んでいるのかと、本の選択を間違えたことを 悔やむ…。
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  2004年11月24日(水) どたん
午後「逗子の家」現場。基礎配筋検査。住宅保証機構の人も検査に来るので、興味本位で検査に立会う。

検査の厳しさから言えば 住宅保証機構<OCM<オゾンの家づくりサポート って感じかな。現場監督にも言われた「大島さんの検査の方が、厳しいな〜」と。

番線の結束、飛び出し、飛散、かぶり厚さ、コンクリート打設面清掃などなど。

監督さんがこの硬い地盤をみて「ドタンだなぁ〜」って言ってるので、なにを言ってるのか、と思っていたら、今日保証機構の検査員さんも地盤をみて「はぁ〜〜ドタンですか〜」と言っていた。これはまずい、方言や、俗語ではなさそうだと、ネットで調べると

土丹(どたん)。新第三紀のシルト岩・泥岩、一部は第四紀更新世の半固結シルト・粘土で、一般的に褐色ないし淡褐色を帯びている。探せば化石が出ることもある、そうです。

まだまだ知らないことに満ちあふれている。

上空にはトンビ、台湾リスだと思うが、リスが走り回っている。
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  2004年11月22日(月) おかめ
午前「蕨の家」現場。“遣り方”の確認。その後、近くの施主宅に立ち寄る。「おかめそば」を御馳走になった。

「おかめそば」は、なんで「おかめ」っていうのだろう。

現場のこの時期は、たった5分の確認でも、自分の目でみておかねばならない。
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  2004年11月21日(日) 日々
11/19(金)バンタンキャリアスクール新宿校。学生から「頭の中にある何か解決されないで、ふわふわと浮いているもの」を列挙させ、それについての思考の展開のさせかたなどについて講議する。

晩「普請道楽のススメ」打ち上げ。編集者、デザイナー、写真家」、建築家があつまり、西新宿7丁目という「ごっそりと抜け落ちたような」不思議な街で出版を祝う。
※11/20発売と言っておりましたが、書店に並ぶのは12/1頃になりそうです。

11/20(土)「逗子の家」現場。根切り底の確認。はじめて岩盤の根切り底をみた。その後施主と逗子の海岸のデニーズで変更点などについて打ち合わせ。海にはウィンドサーフィンをする人や浜辺を散策する人あり。のどかな光景。

11/21(日)「久我山の家」打ち合わせ。本見積、大幅に予算オーバーで、朗報なく、途方に暮れて施主宅におじゃまするが、逆にはげましていただき、ワインとおいしいお料理をごちそうになる。もうひとふんばり必要。
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  2004年11月18日(木) 北庭の苔
大久保慈さんがフィンランドに戻られ日記が復活した。

なんとも力強い文章。気持ちがいい。自分で宣言して、自分にプレッシャーかけて、また自分を追っかける。日々当然の生業だ。

肩の力をいつ抜けるのかわからない。楽しい仕事=日々、吐きそうなプレッシャーに卒倒しそうな出来事の連続である。絶対に一生はつづかないと思っている。しかし、それを終えた(終わらせた、終わらせられた)時は、べつの何者かになっているはず、いや、目指す(目指さないも同義)ところは“何者でもない人”である。

以前は仕事の事で頭が一杯で眠れないこともあった。今は違う。眠れなくてもいいと思っていると眠れ、仕事やクライアントさんを夢の中で踊らせている。前にも書いたが、“本当に”夢の中でも設計している、アイデアが沸く。

今の施主である旅館の主人はこう言う。「仕事=趣味=人生」。御意(ぎょい)。

転がり続けねば“コケ”がはえる。それは“南庭”の論理。しかし、やがてはその“コケ”を愛でていただけるような“北庭”的な人間になってなければならない。

そんなことを考えながら、禅寺の方丈から枯山水の庭園(南庭)を眺め、あとでこっそり北庭がどうなっているのかのチェックを怠らないのが真の「建築ツウ」である。
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  2004年11月17日(水) すいか
戯れ言程度の書きたいことは、山ほどあるが、すぐに忘れてしまう。だから書き留めておく、という程度の備忘なのに、気が進まないと書けない。が、昨日もアクセスカウンターが100を超え、ブックマーカーが57人…。

日々、いろんなことがあり、脳が飽和せぬよう養生しているが、やはり書かねばならぬ。

埼京線の戸田公園駅からみえる「すいか」が気になっていたので、地鎮祭の前に行ってみた。「こどもの国」という施設だった。ぼくは子供ではないので中には入らなかったが、外からみて楽しんだ。

最初はバルーン?テント膜構造かなと思っていたが、ちゃんとした硬質のドーム構造だった。この「すいか」にも設計者はいたはずで、当初から「すいか」の文様が入っていたのかどうかをじっとにらみながら考えたが、たぶん違うと思う。

勝手に推測するに、たぶん昭和40年代当初は「シルバーのドーム」、輝かしき万博ムードの流行、昭和50年代校内暴力ムードで一時期荒廃、平成にはいり、少子化がすすみ、児童施設にかける予算ができ、再興。そのさい、「すいかに塗ろう!」と誰かが言った。もしくは子供から案を募った。

街を歩きながら、そんなつまらないことを日々考えている。
街のすべての事象は、僕の想像力、創造力を喚起する。
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  2004年11月14日(日) 忘筌
午後「浅草の旅館」打ち合わせ。A氏に来所いただく。
A氏が持参した文章から話ははじまる。「感性」「落着き」「忘筌」などなど。
時間を忘れ、設計契約するのも忘れ(笑)夕方まで、人間、自然、本質、本、just do it、一期一会、欲、、、などについて話しこむ。

「散歩して帰ります」というA氏に同行し、渋谷まで一緒に歩く。渋谷川ぞいのとっておきの散歩コースをお教えした。

渋谷で別れ、氏はそのまま青山の方へ歩いて消えて行った。次の朝聞くと、結局田原町まで歩いて帰ったという。

日常においてどれだけ「時間、空間」を容易に超越することできるか、が人生のポイントかもしれない。

24才の時の僕の日記にはこうある。
「生きた心地を味わうためには、現実の世界にあって、非現実の世界に旅すればよい、ということだ」
僕の言葉ではない。誰かの引用だ。

A氏と会って、「本を読むこと」について考えさせられている。何故読むのだ?

昨晩読んだ本の中にこうある。
「動物がコミュニケーションの手段としているテレパシー能力のなさを補うために言葉を話すようになった。そして本能の不十分さを補おうとして思索者になったのだ。」

本を読んだり、書いたりすることは、常に何か大事なものを補うための行為である、ということだ。
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  2004年11月13日(土) 酉の市
午後、「蕨(わらび)の家」地鎮祭。埼玉の鷲宮神社から宮司さんがお越しになった。まず手をお浄めするところから始まり、最後には記念写真まで撮ってくれて、サービス満点であった。

鷲宮神社は酉の市つながりで、浅草へとゆるやかにつながっている。先日、その準備をしている横を通りかかった。

11/14は「二の酉」。
関連サイトをみると
「2004.11.14
今年の屋台は呑ん兵衛にうれしい。大通りはもとより一本入った路地のあちこちにも赤ちょうちんの屋台が数多く出ています。参拝の後のおたのしみに。」とある。

今度は行ってみよう。
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  2004年11月11日(木) メガロン
バンタンデザイン研究所-中目黒校、「和の空間構成」と題した授業終了。みな、4.5畳程度の小さな小屋、庵をつくりあげた。小さいからこそ、小屋組、母屋、垂木、棟木までをデザインするということで。想像以上の学生の出来に、講師感激。

小さいことはいいことだ。最近感じる。

建築家をやっていて、そこそこ仕事をやっていると、やがてメガロマニアの道を歩むという時代があったが、クールハースがそれを暴き、自虐的にやってみせて、その時代は終わった。メガロポリスはもはや建築家にとっての主題ではない、など言い切ってみたくなる。

写真は浅草の「和風ラブホテル」。もちろん、そこに割烹や旅館とのデザイン的な差異はない。いいではないか、佇まいがいいのだから。
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  2004年11月10日(水) どぜう
13:00OCMにて「逗子の家」工事請負契約。工務店とお施主さんが来られる。11/27の上棟目指し、地盤、基礎、プレカットなどの確認作業がはじまる。

15:00埼京線で蕨へ。工務店の現場監督と「蕨の家」打ち合わせ。日頃工務店が携わっている「ソーラーサーキットの家」で培われた良い部分を、今回のプロジェクトにも注ぎ込んでくれている。ありがたいことだ。杭、基礎、地縄はり、プレカットなどについて打ち合わせ。

「久我山の家」本見積中。確認申請作業、および図面の整理、詰めの作業に入る。

写真は浅草周辺の「どゼう屋」。とりたててすごい建物ではないが、最低限の流儀をわきまえて、ちゃんとやっている。3.4階部分をセットバックさせるやりかたは、代官山ヒルサイドテラスなどにもみられる手法。小さな軒も建物に陰影をつけ、威圧感をなくすための装置。京都のように条例などによって、がんじがらめになる前に、ちゃんと自主的に、ちょっとした配慮をしていけば、街はそれなりのプライドを保っていける。

ちなみに「どぜう」を食ったことがない。どぜう屋でどうやって酒を飲むのか、その流儀もわからない。

まだまだ江戸は奥深い。

そろそろ鬼門に位置付けていた「永井荷風や池波正太郎」を解禁してみようか…。
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  2004年11月9日(火) キュビズム
夕方、「浅草の旅館」へ打ち合わせ。先日記した行燈旅館のオーナーと施主は仲が良く、すぐに「行きましょう」ということで行燈旅館へ向う。オーナーのトシコさんに、いろいろお話をお伺いし、客室などの細部まで御説明いただく。その設計の細かさ+オーナーの人柄に感服する。こういう暖かいくて熱い人々によって旅館は営まれているのだと知る。
そのあと浅草に戻る。途中でいろいろ日本風の建物や銅板の風合い、緑青の出方について施主と話をする。

途中、和風旅館なんだけど、なんとなくキュビズムっぽくなってしまっている建物があり、とても興味と好感を持った。道路斜線や何かでざくざくに切り取られているんだけど、カッコイイ。

旅館に戻り、内部をみせていただき、施主と一緒に6畳のコモンルームで250円のお弁当を食べる。そこからは様々なものがかい間みえた。

訪れる宿泊客。冷やかしただけで帰る人。指名手配犯の情報を持って来る警察、施主と英語、日本語、フランス語混じりで深いスピリチュアルな話をしている女性…、西洋の人の口から「和辻哲郎、西田幾太郎、九鬼周ぞう…」といったマニアックな哲学者の名前が次々と飛び出してくる…。さらに「栄西、道元、臨済宗、曹洞宗、禅問答…」

そう、ここはそういう場所なのだ。

新たに建てる旅館も、この空気をどうこわさずに持ち込むか、がポイントになってくる。

※ 僕が日頃興味をもっているニッポンと、外国人の人が興味を持っているニッポンは、案外近い…とも感じた。そう、気負わず、フツーにやればいいのだ、と言い聞かす。
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  2004年11月6日(土) 三ノ輪
久しぶりに何も予定が入っていない。惰眠をむさぼった後、昨日の「下町のなんたるか…」をカラダにたたきこませようと、地下鉄日比谷線にのって「三ノ輪」へ向う。昨日保健所で「見て来い」といわれた「行燈旅館」がある日本堤やバックパッカー向けではないリアルな“簡易宿所”とそこの人々をみようと、清川、山谷、吉原、入谷あたりを彷徨う。

東京の奥深きことをさらに感じる。しかし、大阪の西成のような「こわさ=異国へ来た恐怖感」は全くなく、むしろ、行政の介入を十分に受けたとおぼしき「ゆったりとした時間」が流れているな、と感じた。

帰りは上野まで歩いて、蛇屋を覗き、いつも行く「神田っ子」という居酒屋でビールを飲んで、するめと明太子を買って帰った。
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  2004年11月5日(金) 保健所
午前中、台東区役所建築指導課、保健所へ「浅草の旅館」の事前協議に向う。
建築指導課の方は若干の予想されるべき問題点の指摘を受けた。しかし混雑はしておらず、丁寧に対応していただいたのでこちらも気分が良い。

保健所。「監視員」と呼ばれる年配のきりりとした方と打ち合わせ。施主名をふせて、いろいろ情報を引出そうとしたが「これAさんでしょ?」と、すぐにばれる。「今度一緒に来てよ」と言われ、思わず虚勢を崩し、白い腹をみせる。

おまけに「アンド…って知ってますか」と聞かれ、「ああ安藤忠雄さんですか」とこちらは一般的な建築話しになるのかと思いきや「違うよ、行燈旅館だよ」と、カーサブルータスなどのお洒落雑誌のスクラップをみせられた。「ほら、かっこいいだろ、これくらいちゃんとやってくんなきゃダメよ、これからの旅館は設計が命なんだから、設計が…」と言われる。
「はははぁ…ごもっともでぇ〜」
ということで、その場を後にした。

役所でカーサブルータスをみせられたことにもびっくりだが、なんだが一般的な感想で野暮だが「下町のなんたるか…」を少しかいま見たような気がした。
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  2004年11月3日(水) 朝
朝。6時起床。7:23恵比寿発の湘南ライナーで逗子へ「逗子の家」地鎮祭。八王子諏訪大地主神社より宮司さん来る。神様が降りて来て、お供物をむしゃむしゃお食べになられて、また帰って行った。

しかし、神頼みではいけない。神様が担当している分野と、建築家が担当している分野は違う。僕は神ではないので実質的な、実務的な職務を引き受けている。帰りの電車の中でそんなことを、毎回、毎回同じ事を言い聞かせて、うとうとしていた。
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  2004年11月3日(水) 昼
昼。恵比寿駅構内で「さぬきうどん」かけ・並・かきあげを食し、事務所に戻る。地道に腹をこわして便所にこもる。13時過ぎ「幡ヶ谷の家」引渡しへ。

残工事及びその対応について、施主さんは胸をつまらせている…。工事費の残金の半分は、残工事が終了した時点で支払うことを求め、3者合意。通常は、ものの30分で終わる引き渡しの「儀式」が4時間もかかる…。反省。監理者としていたらなかった点を「反省」ではなく、一つ一つ具体的に、噛み砕いて考える。
つまり、まだ完成していない。「残工事」で細心の注意をはらい、誠意をみせることを工務店に求める。

事務所に戻り、残工事チェックの前30分間で撮った竣工写真を眺めている。
「施主さんらしい…」いや「大島らしい」いい家だ。間違い無い。確信している。
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  2004年11月3日(水) 晩
夜。朝から動いているのに疲れを感じない。テンションが上がりっ放し、アドレナリンが出っぱなしで目がぎょろりと開いたまま…。「一杯行こうか…」そんな気分にもなれない…。が、とりあえず「建築」脳を休めなければ…と思った矢先、ファックスへ目をやると、土曜日のコンペの結果が来ている。ギョ!。当選だ。

これから「浅草」で「外国人(バックパッカーが多い)」向けの「日本の温かさを感じられる」「旅館」を設計する。さらなるプレッシャーが覆いかぶさる。

人は「やりたいことを願って“動いて”“言いふらして”いれば」必ずできる。そんなスピリチュアルなことを再確認した。しかし、まだできてない、これからだ、チャンスをいただいただけだ、チャンスは100%ものにしなければならない、もちろん様々な困難を施主と一緒に乗り越えながら…。

学生がよくこう言う。「できれば〜〜デザイナーにぃ〜〜なりたいんですけどぉ〜〜」。そんな学生には講師曰く、「できれば〜じゃ、絶対!なれないよ。この世界は、それじゃなきゃ廃人か狂人か浮浪者にしかならないって人だけがやってんだよ」と、厳しく一喝。

30才過ぎれば年収1000万円、ビックなコンクリートジャングルなプロジェクト担当、高級マンション、外車、社内恋愛の美人な奥さん、可愛い子供……、それが欲しければ僕は日建設計にいればよかった。

……だめだ、テンション高いにもほどがある…早くお笑い番組でもみて、寝よう……。

文化の日、大安の建築家の一日でした。
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